第87話 裁判

 そして迎えた、旅神教会の異端審問……。


 夕刻に起こされた俺は、そのまま教会裁判所に連行されたのだ。


 首にはギフトを封じるリング、両手は縄で縛られた状態で中央に立たされている。


 聖堂のような広い部屋で、正面には神官長のニコラスと高位の神官たちがいる。周囲にはずらりと神官たちが立ち並び、高い位置から俺を見下ろしていた。


 その中で、俺の右手側にギルドマスターがいた。

 見たところ、知り合いは彼だけだ。そして、唯一の味方でもある。


 目が合うと、彼は余裕の表情でにやりと口角を上げた。


「これより、異端審問を開始する」


 厳粛な空気の中、ニコラスが口を開いた。


 こいつとは、何度も問答をした。

 今さら、一体なにを明らかにするというのか。


 ……いや。

 どうせ形だけの裁判だ。内容なんて関係ないのだろう。


 俺の処刑を正式に決定する。そのためだけの裁判なのだから……。


「……神子様はいないのか?」

「このような些事に、神子様のお手を煩わせるはずがないでしょう。それに凶悪犯に直接合わせて、なにかあっては問題ですからね」

「凶悪犯ねぇ」


 相変わらず頭が硬い。

 このままでは、俺は間違いなく処刑されるだろう。旅神教会の定める絶対悪……魔物になれるというだけで、罪を問う理由としては十分だ。


 だが、昨日のような不安はもうない。


「提案がある」

「そのような権利はありません!」

「まあ聞いてくれよ」


 このままニコラスのペースで進めてたまるか。

 話がわかるという神子様がいれば、もう少しやりやすかったかもしれないが……言っても仕方がない。


「俺は誰がなんと言おうが、旅神の眷属である冒険者だ」

「魔物風情が。何度言おうと、旅神教会は認めません!」

「だろうと思ったよ……。でも、少し時間をくれれば認めさせてやるよ」

「何を……」


 ペースを崩されたニコラスが、額に青筋を浮かべる。

 最初から処刑ありきの裁判だ。それ以外の判決は考えてもいないのだろう。


 だが、俺はその考えを覆さないといけない。


「俺が魔神教会を潰す」


 魔物の力を持ち、旅神教会の脅威である魔神教会の仲間だと思われている。

 それなら、魔神教会を潰してしまえばいい。


 教会同士の確執など知ったことではないが、魔神教会は俺にとっても敵だ。

 迷宮都市に魔物を解き放つなんていう連中、冒険者として放っておけるはずがない。


 氾濫の時、ポラリスも言っていた。

 冒険者のトップに立つには、ただ強いだけではダメ。冒険者として、英雄として、魔物から世界を守るのが最強の冒険者というものだ。


「俺は俺のために、魔神教会と戦う。ついでに、旅神教会の役に立ってやるよ。これで文句ないだろ?」


 俺は幽閉されるまで、そんな覚悟は持ちあわせていなかった。


 正直、ただ流されていただけで……。

 ひたすら目の前のことに対処してきただけだった。


 だが、ポラリスと話し、改めて自分の夢を見つめ直した時。

 魔神教会と戦うのも、街を守るのも、全て夢に繋がっていることに気が付いたのだ。


 キースのように、関係のない他人のために身を投げ出すような強い信念は持っていない。

 でも、ポラリスとの約束のためなら……俺はいくらでも強くなれる。


「魔神教会を潰すですって……!?」

「ああ。話した通り、武者は冒険者から能力を奪える。放っておくと、こちらの戦力は削られるばかりだ。それに、既に恐ろしく強い」

「それを、自分なら倒せる、と?」

「必ず倒す」


 確実に勝てる、とは言わない。

 でも、あいつに勝てるなら俺だと思っている。武者の持つ“人間喰らい”に対抗できるとしたら、同じく能力を喰らう“魔物喰らい”だけ……。

 だから、勝てるかどうかは関係ない。勝つだけだ。


 ニコラスの目をまっすぐ見据える。

 彼は冷めた瞳でこちらを見下ろした。


 旅神教会の神官長と、拘束されギフトを封じられた冒険者。その立場の差は歴然だ。


「話は終わりですか? では――」


 ニコラスは、まるで相手にしていない。

 一蹴しようとしたニコラスの声を、誰かの笑い声が遮った。


「がはは、俺は好きだぞ。お前みたいな馬鹿。蛮勇、いいじゃねえか。若い奴はこうじゃなきゃ」

「黙りなさい、ギルドマスター。静かにすると言うから立ち合いを許可しているのです。騒ぐなら退出していただきますよ」

「まあ待てよ。あくまで、俺は判断材料を提供するだけだぜ」


 よっ、と傍聴席の柵を飛び越えて、ギルドマスターが入ってきた。


 俺の隣に立ち、一枚の板を掲げる。


 サイズこそ違うが、冒険者ギルドで見慣れたものによく似ている。

 黒い板に、光る文字……。


「ランキングボード……?」


 口に出すと、ギルドマスターが鷹揚に頷いた。

 どこのギルドにも必ずある、ランキングボード。四年間毎日のように確認していた、冒険者の強さを示す指標……。


「そうだ。小さいタイプだから、全てが載ってるわけじゃねえ。載ってるのは、上位十名だけ――」


 上位十名。つまり、十傑だけが記された、ランキングボードということだ。

 そんなものが存在していたのか、と目を見開く。


「おい、少年。見てみろ」

「え……?」


 ギルドマスターが俺の顔の前に小さなランキングボードを掲げた。


 上から順に見ていく。何度も見た、上位を維持している強者の名前が続く。

 6位にポラリスの名前があった。あいつ、いつの間に順位を上げていたのか。


 ほとんど行がないから、すぐに読み終わる。

 最後、つまり10位に差し掛かった時……思わず、二度見した。


『10位 【魔神殺し】エッセン』


 滅多にメンバーの変わらない、十傑のランキング。そこに、あり得ない名前が……二つ名つきで記載されていた。


「10位……!?」

「そうだ。お前は既に十傑……旅神に認められた冒険者なんだよ」


 続いて、ギルドマスターがニコラスに見えるように前に突き出した。


「ランキングボードは旅神の神器だ。これは誰にも誤魔化せねえ。他でもねえ旅神教会が、冒険者ランキングを疑うわけねえよな? 二つ名まであんのによ」

「詭弁を……っ。道を踏み外した冒険者を裁くのも旅神教会の役目! 判決は変わりませんぞ! この短期間に、そんなにランキングを上げられるはずありません! なにか不正を……」

「おいおい、それこそありえねえだろ。旅神舐めんな」


 冒険者ランキングは絶対的な指標だ。

 貢献度によって、旅神が決定する。


「ただまあ、ここまで上がるとは俺も予想外だったが……。氾濫の阻止と、たまたま・・・・クエストがあったBランクダンジョンで暴れまくったのが効いたんだろうな。あそこ、無駄にタフな奴らが連携してくるから面倒だし、ボス周回なんてまともな冒険者ならやらない。……いや、できない」


 “太古の密林”に連れていかれたのは、これが目的だったのか……。

 ギルドマスターの思惑を今さら知り、驚愕する。


 そして俺は、彼の予想以上の戦果を挙げたらしい。


「こいつは十傑に相応しい実力だ。俺が証明するぜ」


 十傑でなくても、元々ランキングには載っている。

 だが、ここまでランキングを上げたことで、説得力が生まれる。


「魔神教会との戦いに、こいつの力は使える。ただでさえ、警戒にかなりの人数を裂いているんだ。戦力は大事だろ?」


 このランキングのおかげで、魔神教会を倒すという目的のために、俺が有用だと証明できる。


「俺が10位……」


 上には、ポラリスを含めてわずか9人……。

 この前中級になったばかりで急にランキングが上がったから実感がわかない。でも、上級ダンジョンのボスを周回するというのは、それだけすごいことなのだろう。


 自分が思っている以上に、強くなっていたらしい。


「……っ、しかし……魔物に変ずる力など認めるわけには……」


 ぎりり、とニコラスが奥歯を噛んで顔を歪ませる。

 彼はまだ認めたくないらしい。


 しかし、他の神官たちの反応は様々だ。

 生かしておいたほうがいいのではないか。そんな空気が流れ始める。


「失礼するよー」


 バタン、と背後の扉が開いて誰かが乱入してきた。


「魔物の力を利用することは、魔神の力を奪うのと同じだよ」


 それは、よく知った声だった。

 思わず振り向くと、そこには赤い法衣を纏った女性の姿……。


「リュウカ!?」


 上級職人リュウカ。俺の装備を作ってくれた、魔物好きの変人だ。

 いつもは作業着姿なのに、なぜか神官のような格好をしている。


 その後ろには、ポラリスが立っている。そうか、ポラリスが連れてきてくれたのか。


 リュウカは俺を見て、ぱちっとウインクした。

 すぐに真面目な顔に戻って、ニコラスを見る。


「魔物はとてもカッコイイ……じゃなくて、魔物の肉体は有効に使わないとね!」

「あなたの噂は聞いていますよ。異端な職人がいると……」

「おおっ、私って有名人?」


 仰々しい服装だけど、中身はいつものリュウカだ。

 おどけた態度で笑って、部屋の中央まで進み出る。


「現に、冒険者の多くは魔物由来の装備を使ってるじゃん。エッセンの能力は、それと何ら変わらない。……技神教会の上級神官であり、技神の神子の全権代理人である私が断言するよ」

「……技神教会の見解である、と?」

「その認識で大丈夫だよ」

「技神教会が、こちらの裁判に介入しないでいただきたいですね。いかに技神の神子の見解だろうと、考慮する義務はありません」


 リュウカ、上級神官だったのか……。

 そんな素振りも雰囲気もまったくなかったけど。ていうか、神官なのに冒険者に改宗してダンジョンに入ったりしてたのか。なにやってんだ……。


「逃げるんじゃなくて、堂々とエッセンを守ることにしたわ」


 ポラリスがそっと耳打ちする。


「ありがとう」

「まだ、終わってないわ」


 中央に立つ俺の前に、ポラリス、リュウカ、ギルドマスターが並んで立つ。三人とも、俺を背に庇うようにニコラスと対峙している。


「し、神官長……」


 一人の神官が、おずおずとニコラスに判断を仰ぐ。


「うろたえる必要はありません。私たちは正義です」


 ニコラスの声は、少し震えている。

 気丈に振舞っているのはニコラスだけで、他の神官たちは、既に気持ちが傾いているように見える。


「冒険者は、野放しにしてはいけないのですよ」


 神官たちを諭すように、ニコラスが話し始めた。


「たしかに、魔物は脅威だ。魔物を倒すために、冒険者は必要不可欠。それは、私たちが信仰する旅神の教えによるものです。……しかし、冒険者もまた、人間にとっては脅威。いえ、魔物よりよほど身近な脅威と言えるでしょう」


 それは、正義の名の元に冒険者を裁いてきたニコラスの信念だ。


「生身で風よりも速く走り、山を砕き、湖を干上がらせる。そんな化け物が、この迷宮都市では普通に暮らしているのです。冒険者の犯罪率は、一般人に比べ実に十倍! しかも、一般人では冒険者に武力で対抗することはできません。迷宮都市の治安のためには、冒険者の締め付けは必要不可欠なのです。多少の冤罪は必要悪。疑わしきは罰しなければ、この街は魔物ではなく、冒険者によって滅びます」


 ニコラスの言葉に、俺たちは押し黙った。

 言っていることは間違いじゃない。

 なまじ冒険者でない人間よりも武力が高い分、犯罪が過激化する傾向がある。


 神官たちの目に、再び光が戻った。

 これが、彼らの正義だ。


 それを、安易に否定はできない。


「責任は全て、私が取ります。迷宮都市を守るためならば、引退後に裁かれても構わない。正義のために」


 ニコラスが、机を強く叩いた。


「“魔物の男”を処け――」


 しかし、最後まで言い切られることはなかった。


 部屋中に、どこからともなく誰かの声が響き渡ったからだ。


『エッセンさん、聞こえてますか? 魔神教会が……!』

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