裁判

第84話 ex.エルルとキース

 “魔物の男”が投獄されたというニュースは、夜明けとともに迷宮都市を駆け巡った。


 それは一種のプロパガンダでもある。


 氾濫発生が知らされたのが、つい先日のこと。その前にはヴォルケーノドラゴンが下級地区で暴れたという事件もあり、耳の早い者には魔神教会の存在まで噂されていた。


 そんな中で、民衆の中には旅神教会や冒険者ギルドへの不信感を持つ者も少なくない。

 迷宮都市はダンジョン産の資源によって潤う大都市であると同時に、魔物の危機に最も晒される危険地帯でもある。


 今まではよかった。

 冒険者によって安定して魔物が討伐され、彼らによって安寧と資源がもたらされる。その好循環がうまく回っていたからだ。


 しかし、近頃の事件があったことで、それが思っていたよりも危ういものだったのだと知れ渡った。

 民衆がパニックになるのも時間の問題だ。現に、身軽な者や豪商などはすでに別の都市への移住を始めている。


 そこで、事件は収束に向かっているというアピールのために使われたのが……“魔物の男”の投獄というニュースだった。


「おい、“魔物の男”が元凶らしいぞ」

「やっぱり、そうだと思ってたのよ! ドラゴン騒ぎの時に見た、あのおぞましい姿……」

「ああ。捕まってくれてよかったぜ……」


 迷宮都市のあちこちで、そんな会話が繰り広げられた。


 事件はあった。しかし、既に解決した。

 下手に事件を隠蔽するのではなく、そのような筋書きにしたことであっさりと受け入れられた。


 ほとんどの住民は、それだけで安心して日常に戻る。元より、ドラゴン騒ぎにしても先の氾濫にしても、直接の被害はなかった。ならば、解決したのだという情報だけで、彼らには十分なのだ。


 騒ぎの鎮静化のためのプロパガンダ。それが、神子の忠言ともう一つの、エッセンが即処刑されなかった理由である。


「ありえません……」


 だが、誰もがその情報を信じるわけではない。


「エッセンさんが敵だなんて、ぜったいに間違いです」


 下級冒険者ギルドの受付嬢エルルは、カウンターの下でスカートをちぎりそうなほど強く握った。


 付き合いは長くないけれど、エッセンの人となりはよく知っている。

 冒険者として芽が出ないまま四年間、腐らずに努力を続けてきた。その姿を、エルルはずっと見守ってきた。


 そして彼が戦えるようになってからは、直接関わる機会も増えた。


 たしかに“魔物喰らい”のギフトには驚いたが、エッセンを直接知るエルルだから信じられる。

 絶対に無実だ、と。


「私にできることは……」


 ニュースを聞いても、エルルは一切疑わなかった。

 一般的に見て、魔物の変身する能力はたしかに異質だ。旅神教会が異端と認定するのも無理はない。そこまでは、エルルも冷静に認識している。


 でもエルルはエッセンの無実を知っている。後はそれをどう証明するか。


「前は助けられましたからね。今度は私が助ける番です」


 そう、硬く決意する。


 悩む時間は無駄だ。疑うなんてもってのほか。今この時間も、エッセンは旅神教会によって罪を問われているかもしれないのだから。


 冒険者ギルドの職員として、旅神教会の冷酷さはよく知っている。

 少しでも疑わしければ、たとえ無実の可能性があっても罰する。それが旅神教会だ。


 そのおかげで平穏が保たれている節もあるため完全に悪だと断じることはできないが、その強引なやり方に反発する者も多い。

 しかし、絶対的な権力があるために表立って逆らえないのが現状だ。また、逆らっても無駄とも言える。


 たとえエルルが直談判したとしても、門前払いされるのが目に見えている。


「無実の情報を集めないと」


 そう判断した、すぐに行動に移した。


「すみません、早退します」

「うん、いいよ。私が後やっとくね」

「ちょっと体調が……え?」


 同僚に告げると、すぐに了承された。そのことに少し戸惑う。


「彼氏、大変なんでしょ? 行ってあげな」

「え、いやあの、彼氏ってわけじゃ……。それに、そんな軽いお話でも」

「わかってるわかってる。何年受付嬢やってると思ってるの」


 この先輩は少々、思い込みが激しいところがある。


 でも、妙に察しが良くて、親身になってくれる。


「エルル、かましてきな」

「……はい」


 同僚が大きな瞳でウインクをした。

 頼りになるその仕草に、思わず涙ぐむ。


「受付嬢ですから、冒険者のサポートは仕事のうちです。……でも」


 両手で紐をほどき、エプロンを外す。


「これは受付嬢の仕事ではありません」


 一人の……友人として。

 エッセンを助ける。そのために、エルルは動き出した。


 改めて礼を言って、ギルドを出る。


 エルルにできることは少ない。エッセンは今、上級地区にある旅神教会の施設に幽閉されている。エルルでは入ることすらできない。


 だから、別のアプローチで……。


「エルルと言ったか」

「キースさん……」


 “炎天下”キース。彼もまた、破竹の勢いでランキングを上げる冒険者の一人だ。

 エッセンと懇意にしており、中級昇格を目前に控えている。


「ふん、あいつが間抜けにも捕まったらしいな」

「はい、心配ですよね」

「心配などではないが……借りを返すいい機会だ。俺も手伝おう。なにをするつもりだった?」


 不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、エルルに問う。

 彼のこの態度が言葉通りでないことは、ヴォルケーノドラゴンの後処理の時によくわかった。


「一つだけ、手掛かりがあります」


 それは、ヴォルケーノドラゴンの騒ぎの時。

 かの魔物を解き放った主犯であるウェルネスの居場所を探すのに利用した方法だ。


 ヴォルケーノドラゴンが封印されていた赤い宝玉。その欠片である。


 エルルのギフト“案内者”によって所有者の居場所を特定したのだった。


「今なら、その前の所有者もわかるかも……」


 まず間違いなく、この宝玉は魔神教会の手によるもの。

 ならば、ウェルネスに渡した者の居場所がわかれば……。


「“未来の足跡”」

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