第83話 投獄

 旅神教会によって拘束された俺は、夜に迷宮都市に辿り着き、そのまま幽閉された。


 目隠しをされていたから、正確な場所はわからない。

 迷宮都市のどこかであることはたしかだろう。神官たちの口ぶりからして、おそらく旅神教会の関連の牢獄……。


 つまり、異端審問にかけられる罪人の留置所である。


「……汚いな」


 目隠しは外された。

 天井付近から差し込むわずかな光が、牢の中を薄っすらと照らしている。


 無骨な鉄格子に、土がむき出しの地面。舞う砂ぼこりと、汚れた壁。

 全てが劣悪な環境だ。

 座っているだけでも息苦しくなる。


 ギフトを封印する拘束も外されたのに、スキルは発動できない。おそらく、この牢獄自体がギフトの効力を抑え込んでいるのだろう。

 元よりそのつもりはないが、脱獄は不可能だ。


 冒険者に対する、旅神教会の絶対的な立場を実感する。


 実際にダンジョンで戦うのは冒険者なのに、ギフトを与え、また管理するのは全て旅神教会だ。旅神の名のもとにというお題目があれば、どんなことだって許されてしまう。


 半ば言いがかりに近い形でギフトを剥奪されたり、あるいは処刑された冒険者の話は何度も聞いたことがある。


 フェルシーの態度を見ても、その噂は間違いではなかったのだろう。


 ……まあ、俺の場合は完全に潔白とも言い難いんだけど。

 魔物のスキルを使えるなんて、一般的に考えればありえないし、悪だと判断されても不思議ではない。


 魔物は絶対悪。それは常識だ。

 その教義によって、迷宮都市が成り立っているとすら言える。

 俺だって、自分の身のことでなければ猜疑心を持ってしまうかもしれない。


「……でも、俺は無実だ」


 それだけは、自信を持って言える。


 どれだけ疑わしくても、俺は間違ったことは一つもやっていない。


 ただ冒険者として強くなりたい。あるのは、その強い気持ちだけだ。


 魔神教会がどうとか、教義がどうとか、俺には関係のないことだ。

 大切なのは、ポラリスとの約束だけ。


「絶対に無実を証明してやる」


 処刑されるために大人しく捕まったわけじゃない。

 これからも堂々と冒険者を続けるために、無実の証明をしに来たんだ。


 大丈夫。俺にやましいことはなにもないのだから。


「無実の証明? はっ、薄汚い魔物が偉そうに」


 カツカツと靴底を鳴らして、誰かが牢に入ってきた。


「まったく。この者の罪は明白なのですから、最初から拘束していればよかったのです! ギルドマスターが余計な口を挟んだせいで、わざわざ証拠を押さえる手間が増えました」

「……誰だ」

「発言は許可していませんよ。“魔物の男”」


 顔を上げて、男を見る。


 法衣の装飾の多さから、かなり高い地位の神官であることが窺えた。後ろに控える神官ですら、フェルシーよりも格上に見える。


「あなたは神子様のご厚意だけで生かされていることを理解しなさい。以後、余計な口は慎むように」

「神子……」

「言われたことが理解できないとみえる。なるほど、人の形をしていても、所詮は魔物の知能というわけですか」


 ふん、と鼻を鳴らしながら、男が嫌味を言ってくる。


 言い返したい気持ちを抑え、押し黙る。ここで反抗しても、心象が悪くなるだけだ。

 ……既にこれ以上ないくらいに嫌われているようだが。


 ギルドマスターが言っていた。神子は事実上の最高権力者であり、旅神教会の中で一番話がわかると。

 俺が幽閉されているとはいえ五体満足なのは、神子とやらのおかげらしい。会ったこともないけど、感謝しないとな。


「私は神官長ニコラス。これより、“魔物の男”の尋問を執り行う」


 厳粛な口調で、ニコラスが言った。


 神官長……名前の通り、神官たちのトップか。

 わざわざ神官長が出てくるあたり、相当危険視されているらしい。


「魔神教会との関係を洗いざらい吐きなさい!」

「関係は一切ない」

「大人しく自白するべきですよ。苦しみたくなければね」


 ニコラスが俺のいる牢に、一歩踏み出した。

 後ろに控える神官たちも、目を吊り上げて俺を睨んだ。


 敵しかいないな……。


「俺は、冒険者だ」


 腰を据えて、彼らに宣言する。

 それ以上でも以下でもない。


 それから……朝まで続く長い尋問が始まった。

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