第82話 三日後

「おいおい、こりゃどういう光景だ?」


 ギルドマスターの声が聞こえた。


「なんだ、もう三日経ったんですね」


 俺は魔物の死骸の山から顔を出して、ギルドマスターを見る。


 無我夢中で戦っていたら、三日が経っていたらしい。

 正直、戦うたびに強くなる感覚が楽しすぎて時間を忘れていた。“吸血”のおかげで体力がつきることはないし、日夜を問わず戦いに身を投じ続けた。


 おかげで、魔装はほぼ完全に使いこなすことができるようになったと思う。


 ちなみに、服はぼろぼろだったのでマジックバッグに入れてあったスペアに着替えた。ヴォルケーノドラゴンの時に消し飛んだので、次もあるだろうと余分に用意してくれたリュウカに感謝だな……。


「ん? この死骸……嘘だろ。全部――」


 ギルドマスターが俺の背後を見て、目を丸くした。


 そこらに転がっているのは、ある魔物の頭部だ。その数、二十八。


「“密林”のボス、エンシェントティラノじゃねえか……」

「こいつの牙は高く売れそうだったので、三日間で何周できるか挑戦してました」

「ボスだぞ? 上級の。俺でも三日でこの数は無理だ」


 ギルドマスターが頬を引きつらせて言った。

 その後、口を大きく開けて笑いだす。


「がはははっ、期待以上だ! 逃げてるか死んでるかのどっちかだと思ったが……まさか本当に強くなってるとはなぁ!」

「死ぬところでしたよ……」

「だが、乗り越えたんだろ?」


 彼が嬉しそうに歯を見せながら、真っすぐ俺を見る。


 俺が黙って頷くと、ばしっと肩を叩かれた。


「よくやった。気に入ったぜ」

「……この前より強く叩いてません?」

「ははっ、もう手加減はいらなそうだ」


 咄嗟に“骨鎧”を一部だけ発動してよかったよ……。

 じゃなきゃ、今ごろ肩が吹き飛んでいたところだ。スキル発動前の俺は、ただの人間なんだから。……この人と違って。


 そうだ、ダンジョンに入る前から誰かのせいでボロボロだったことを文句言わなければ……。


 口を開きかけたけど、その前にギルドマスターが気まずそうに頬を掻いた。


「けど、悪いな……」

「え?」

「止められなかった」


 ギルドマスターが、親指で己の背後を指差した。


 その先を目で追うと……ちょうど、ぞろぞろと人が現れてきた。

 銀と青を基調とした、法衣姿。


「旅神教会……」


 大勢の神官たちだ。

 そして彼らの中央にいるのは、上級神官、フェルシーである。


「君の処遇が決まったよ。エッセン様」


 目を大きく見開いて、嗜虐的な笑みを浮かべた。


「すぐに拘束、投獄。そして明朝……異端審問にかけます」


 異端審問……旅神教会によって行われるそれは、冒険者にとって死の宣告と同義である。


 特に俺の場合、許されるとは思えない。


「断ると言ったら?」

「今殺すよ。この前とは立場が逆だね? この人数相手に、勝てると思う?」


 俺とギルドマスターを前にしても、この余裕。

 フェルシーだけでなく、背後の神官たちも相当の実力者たちなのだろう。

 それも、対冒険者のプロフェッショナル。


「なあ、一応言っとくけど、こいつの戦力は結構貴重だぜ? ほら、Bランクのボスにこんな余裕で勝てる奴、上級にもなかなかいねえしよ」

「ヒューゴー、それを言いたいがためにこんな小細工したの? その戦力はそのまま、敵になった時の被害の大きさってことになる。見逃す理由になると思う?」

「ま、だよな」


 ギルドマスターはあっさりと引き下がった。

 フェルシーの説得は不可能だと判断したんだろう。実際、フェルシーが自分の考えを曲げるようには見えない。


「せめて公的に審判してもらうようにするのが精いっぱいだった。悪いな」


 ギルドマスターが、こっそり俺に耳打ちする。

 この三日で、彼はかなり動いてくれたらしい。


「いえ、それだけでもありがたいです」

「神官どもは頭が硬いが、教会には神子ちゃんがいる。あの子がいれば、もしかしたら助かるかもな」

「神子ちゃん……?」

「旅神の申し子だ。俺もよく知らねえけど、とにかく、教会で一番権力を持ってる。んで、話がわかる」


 それが唯一の生存方法ということか……。


 今でこそ審判のために見逃してもらえているが、旅神教会から逃げれば加護の取り消し……つまり、ギフトの消滅という結果が待っている。旅神教会にはそれができるのだ。

 だから、ここは従うしかない。


「……色々動いてもらったみたいで、ありがとうございます」

「おう。俺は夢を追う若者の味方だからな」

「似合わないっすね」

「よく言われる」


 がはは、とギルドマスターが豪快に笑った。


「なにを話してるの? 逃げる算段でもしてる?」

「まさか。早く連れてってくれ」

「ふふっ、諦めたみたいだね」


 俺が神官たちに近づくと、全員で俺を取り囲んだ。そして、首に謎のリングを嵌められる。


 瞬間、自分の中にあるギフトが感じられなくなった。……いや、かすかに残ってはいる。だが、発動まではできなそうだ。


 なるほど、これはギフトを封じ込めるためのものか。お誂え向きの道具だな。


「じゃあ、余生を楽しんでね」

「必ず無実を証明する」

「必ず処刑してあげる!」


 フェルシーの結界によって拘束され……俺は、旅神教会の馬車で連行された。

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