第80話 覚醒

「は、はは……」


 乾いた笑いが口から零れる。


 エンシェントオーガだけと戦っているつもりが、いつの間にか囲まれていた。


 しかも……明らかに、エンシェントオーガとエンシェントプラントは協力していた。


「冗談だろ……」


 一体でもきついのに、三体に囲まれてしまった。


 どうする? 一回なんとかして離脱するか?


 全身はボロボロで、ロクに動かせもしない。

 だが、このままでは死を待つだけだ。


「グガガ」

「……っ!?」


 当然、相手は俺の回復を待ってはくれない。


 正面から、エンシェントオーガがこん棒で殴り掛かってきた。


「しゅるしゅる」


 地面を這って、エンシェントプラントが近づいてくる。

 エンシェントプラントは、見た目はただの植物だ。

 本体は大きな白い花。オーガの少し手前に咲き誇る本体から、何本もの蔓を伸ばしている。倒すなら、本体を叩かないといけないだろうけど……蔓が常に周囲を守っているから、近づけそうにない。


 エンシェントフォッシルは、四足歩行の巨大な動物……の骨だった。肉や皮の類は一切なく、ただ骨だけが動いている。

 身体を構成する骨は金属のように光沢があり、背中には板状の刃のようなものが一列に並んでいた。頭は大きく、角が生えている。


 “安息の墓地”にはセメトリースケルトンという骨の魔物がいる。こいつもその類だろう。


「グガガガァ!」


 状況を把握している間に、オーガが接近してきた。


「動くしかない……ッ」


 痛む身体に鞭うって、なんとか起き上がる。

 大丈夫、痛いけどまだ動く。


 次は足元を取られないよう気を付けて、ギリギリで回避する。


「カタカタカタ」


 こん棒を避けたら、次はフォッシルだ。

 動きは速くない。だがその硬い巨体は、それだけで脅威だ。


「“雷掌”」


 角による一撃を回避し、試しに電撃を流し込んでみる。


「“大鋏”」


 首元のなるべく細い骨を選んで、切断を試みる。

 しかし……。


「……まったく効いてないな」


 唯一攻撃する隙があるのがフォッシルだったが……防御力が高すぎて、攻撃が通らない。

 骨しかないから、つまりは身体全てが攻撃を通さないことになる。弱点もなにもなさそうだ。


「しゅるるる」

「“鋭爪”“刃尾”」


 俺に巻き付こうとしてきた蔓を切り刻む。

 幸い、こちらは速くも硬くもない。ただし、いくらきっても無限に湧いてくる。


「どうする……!?」


 巨大な魔物たちにとって、俺の存在など取るに足らないだろう。一番小さいプラントですら、俺の二倍はある。

 それでも、油断などせず全力で殺しにくる。……これが、上級の魔物か。


「いや、俺はヴォルケーノドラゴン……A級にも勝ったんだ」


 一人で勝ったわけではないけど。

 A級に通用して、こいつらに勝てない道理はない。


 考えながら、ひたすら回避を繰り返す。


 “炯眼”のおかげで、三体を相手しても死角はない。

 不意さえつかれなければ、今の俺でもなんとか対応できる。


 しかし……それは万全の状態だった場合だ。


「くっ……」


 肋骨が痛む。

 全身の痛みで、一瞬意識が飛びそうになった。……そういや、ギルドマスターにも大分ボロボロにされたよな。生き残ったら文句言おう。


 ……生き残ったら、だけど。


「グガァ」


 意識を失った一瞬で、オーガのこん棒が上段から振り下ろされていた。


 これは、避けられない。


「“鱗甲”ッ」


 辛うじてスキルだけ発動して……こん棒をまともに受けてしまった。


 目の前が真っ暗になる。

 意識が朦朧とし、身体の感覚すらない。


 動かないといけない。でも、動けない。


 これは死んだか……?

 この間にも、三体の魔物が俺に追撃しようと動きだしているだろう。確実に息の根を止めるために。


 動けない以上、俺はこのまま殺されるしかない。


 ああ、これで終わりなのか。

 ポラリスとの約束……守れそうにないな。


――喰らえ。


 最近は本当に楽しかった。これでポラリスに追いつける、って。四年間の遅れを取り戻すために、我武者羅に戦った。


 でも、土台無理な話だったのだ。

 多少戦えるようになったところで、俺には……。


――喰らえ。


 この声、どこかで聞いたことがある気がする。


――喰らえ。


 そうだ。初めて“魔物喰らい”の能力に気が付いた時。フォレストウルフに襲われながら、この声を聞いた。


――全ての魔物を喰らえ。此れは、魔神をも喰らえる能力なり。


 どういうことだ?


 そしてなぜ、突然声が聞こえてきた? 今さらそんなこと言われても、俺はもう死ぬというのに……。

 もしかしたらもう死んでいるのかもしれない。


『私、待ってるから』


 喰らえ喰らえとうるさい声の代わりに思い出したのは、ポラリスの言葉。


 最下位でくすぶっていた俺を見捨てず、ポラリスは待つと言ってくれた。

 今も、待ってくれているはずだ。


 ……やっぱ、死ねないよな。


――魔神を喰らえ。今回だけ力を貸す。


 ポラリスの隣に立つためなら……。ああ。魔物も魔神も、俺が喰らい尽くしてやるよ。


「“魔物喰らい”」

『ギフト”魔物喰らい”が進化しました』


 ギフトと同じ名前のスキルを、発動する。


 なぜだか、使い方が手に取るようにわかった。


「グガガガガァ!」

「カタカタカタ」

「しゅるるる」


 意識が戻った時、ちょうど三体から攻撃される瞬間だった。


 良かった。まだ死んではいないみたいだ。


「ほら、喰らっていいぞ」


 俺がそう言うと、口の中に違和感が生まれた。

 喉の奥からなにかが出てくる……。


 物質ではない。黒い、影のような塊だった。煙のように空中に漂うと、やがて形を成してくる。


『いただきマス』


 俺が言ったのか、こいつが言ったのか。


 俺の口から出てきたのは、いわば“魔物喰らい”……ギフトそのもの。


 影は三体の魔物に一瞬にしてまとわりつくと……同時に食らいついた。


『スキル“エンシェントオーガの剛腕”“エンシェントプラントの花茨”“エンシェントフォッシルの骨鎧”を取得しました』


 身体に、スキルが流れ込んでくる。


『ごちそうサマ』


 身体の中に、“魔物喰らい”が戻っていった。


 よろめきながら立ち上がる。


「グガァ?」


 オーガが困惑して、動きを止めている。

 殺してはない。力だけ奪った。


「“大牙”“吸血”」


 その隙に、オーガに食らいつく。

 身体が大きいだけあって、“吸血”でかなりの回復ができた。


 さすがに骨までは治らないが、傷が塞がり血が戻ったのを感じる。


「グガァ!」


 オーガの太い腕に掴まる前に、急いで離れる。


 間合いを取りながら、口についた血を拭った。


「試してないことがある。いや、今思いついたんだけど」


 なぜだろう。

 ギフトの使い方が、さっきより詳細にわかる。


 スキルは発動するだけじゃない。もっと、上手い使い方もあるのだ。

 対となるギフト“人間喰らい”を持つ、武者がやっていたではないか。


「“骨鎧”“鱗甲”“角兜”“剛腕”“黒針”“鋭爪”“健脚”“刃尾”“三叉””足跡”」


 複数のスキルを身体に纏う。

 だが、発動の仕方は今までとは違う。それぞれ別に宿すのではなく……重ね合わせる。


「魔装――“魔王の鎧”」


 すなわち、スキルの融合である。

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