修行

第78話 覚悟

 ギルドマスターの肩に担がれて、どれだけ経っただろうか。


 正直、痛みと苦しみで時間なんて気にしている余裕はなかった。猛スピードで走るから重圧がすごいし、腹に食い込む彼の肩は硬すぎて痛い。


 ろくに目も開けていられないけど、ちらっと見た景色だと馬車より何倍も速い。

 景色が恐ろしい速度で通り過ぎていく。およそ生物が走れる速さではない気がする……。


 その速度を生身で実現しているのだから、理解ができない。


「よし、ここだ」


 全速力で走っていたギルドマスターが、急停止した。

 慣性に従い、彼の背中に頭をぶつける。いや、走りながらも何度もぶつけていたけど。


 そして、地面に投げ捨てられた。


「おえっ」

「おいおい、汚えな」

「……もっと、丁寧に運んでくださいよ」

「ちゃんと殺さないようにゆっくり走ってやっただろ」


 ゆっくり……これで……?


 本気で走ったら殺しちゃうくらいの速度になるのか。

 さすが元5位。凄まじい戦闘能力だ。


 ギルドマスターのギフトは、噂程度に聞いたことがある。基本的に秘匿体質の冒険者だが、有名人については戦闘を見られる機会も多い分、知れ渡っている者もいるのだ。

 それに、彼については知られたところで関係ないという理由もあると思う。


 記憶が正しければ、彼のギフトは“超人”……ひたすらに身体能力が高いという、シンプルな能力だ。


 本来であれば使い道のない中途半端なギフトに終わるはずだったものだが、彼はそれを異常な鍛錬によって最強クラスに鍛え上げたと言われている。


「ところで……ここは?」


 胃の中を全部出して、呼吸を落ち着かせる。口元を拭って、辺りを見渡した。


 ジャングルだ。視界いっぱいに木が生い茂っていて、じめじめとしている。

 そして、少し先……そこには、結界が見えた。つまり、ここはダンジョンの入口だ。


 ギルドマスターが煙草に火をつけながら、ぶっきらぼうに答える。


「“古代の密林”、まあ、Bランクダンジョンだな」

「Bランク!? それって、上級じゃ」

「そうだな。まあ、中級が上級ダンジョンに入っちゃいけないっていうルールはねえし。……いや、ギルド的にはあったか? まあ、入れねえわけじゃねえ」


 たしかに、旅神の結界自体は冒険者であれば誰でも通れる。

 だが、上級ダンジョンともなれば魔物の強さは跳ね上がる。今の俺が入るのは、自殺行為だ。


「いや、そもそもなんで入る前提で話が進んでいるんですか?」

「あ? 入らない選択肢はねえぞ」

「ええ……。まあ、ギルドマスターがいれば大丈夫だとは思いますけど」

「俺は入らん。やることがあるからな」

「……それじゃあ、俺一人で?」


 それは、さすがに死ぬ。


 ここまで急展開で、どうして俺がここにいるのかもわかっていないんだ。

 いずれ挑むつもりとはいえ、もっと強くなってからにしたい。


 そう思って反対しようとしたら、ギルドマスターが眉間に皺を寄せ、俺を睨んだ。


「お前、自分の立場わかってんのか?」


 鋭い声だった。

 思わず、言葉を詰まらせる。


「甘えたことばっか言ってんじゃねえよ。お前は既に異端として認定された。迷宮都市に戻ったら、処刑が確定している身だ。俺も動いてはみるが……おそらく、これは覆らねえ。こうして、時間を稼ぐのが関の山だろうよ」

「それは……。でも、俺にはやましいことはなにもない」

「証明できれば、な。無理だとは思うが」


 てっきり、ギルドマスターは俺を助けてくれたのだと思った。

 いや、助けてはくれたのだろう。だから、ここに連れてきてくれた。彼が来なければ、その場でフェルシーに殺されていただろうから。


 だが、彼にも立場がある。

 一旦拘束して、その後に引き渡される流れのようだ。


「それじゃあ、俺を逃がさないためにここに……?」

「半分正解だ。このジャングルは、ダンジョンの外だとしてもそうそう脱出できる場所じゃねえ」

「そうですか……。ん? 半分?」

「ああ。もう半分は……お前に、強くなってもらうためだ」

「強くなってどうするんですか……」


 強くなる。処刑が決まっているのに、強くなってなんの意味があるのだろうか?

 俺は冒険者として上に行って、ポラリスと一緒に戦いたいだけなのに……。なぜ、こんなことになってしまったんだ。


 ただ死を待つだけだなんて……。


「おい、話は最後まで聞け」


 ギルドマスターに拳で頭を叩かれた。

 本人としては手加減したつもりだろうが、割れるように痛い。……いや、普通に血出てるわ。額から血が垂れてきた。


 ……まあ、おかげで少し冷静になったけど。


「俺はお前を公式に守ってやることはできねえ。いや、俺だけじゃなく誰にも、な。そのくらい、お前は限りなく黒だ。俺でも、別に白だと信じてるわけじゃねえしな。……だから」


 ギルドマスターは言葉を止めて、歯を見せて笑った。


「強くなって己の存在価値を示せ。自分は役に立つのだと証明しろ」

「……黒かもしれないのに?」

「処刑するより生かしておいたほうが得かもって思わせるんだよ。魔神教会の企みは、おそらく最終段階に入ってる。なにするか知らねえが……あいつらが魔物を自在に操れるのだとしたら、冒険者側の戦力は多いほどいい」


 現に、迷宮都市の中にヴォルケーノドラゴンを出現させた。

 人為的に氾濫を起こしてみせた。


 これが、同時多発的に起きたら?

 それぞれに対処するため、強力な冒険者が何人も必要だ。


 その一人に俺がなれ。そう言うのだろうか。


「三日だ。三日後、俺がまた迎えにくる。護送の名目でな。手続き云々で時間を稼ぐのも、三日が限界だ」

「三日……」

「それまでに強くなれ。誰にも文句を言わせねえくらいにな」


 ギルドマスターが腕を組んで、言い放った。


 強く……。

 もし上級ダンジョンを乗り越えることができたら……その時、俺は大幅に成長していることだろう。


 なにを弱気になってたんだ俺は。

 上級ダンジョンは、いつか越えなければならない壁。早いか遅いかの違いでしかない。


 ここで戦わなければ、どの道死ぬ。なら、死ぬ気で戦ってやろう。


「わかりました」

「根性ある奴は好きだぜ」


 ギルドマスターがにっと笑って、俺の肩を叩いた。


 ……あれ? 肩から鳴ってはいけない音が鳴った気がする……。


「じゃあ、逃げんなよー」


 そう言って、ギルドマスターが辛うじて目で追えるくらいの速度で走り去っていった。

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