第77話 ギルドマスター

 ギルドマスター……文字通り、冒険者ギルドのトップに君臨する人物だ。


 冒険者ギルドの運営に関わる者のため、ランキングとはまた別だ。しかし実力もなければ、武闘派の冒険者たちをまとめるなんて到底できるわけない。

 たしか、ギルドマスターのランキングは、最高5位……。今でこそ引退して下がったが、相当の実力者だ。


 俺は会うのは初めてだ。

 なんというか……自由そうな人だ。


「おい、火出せるのか出せねえのかどっちだ」


 この後に及んで煙草の火のことを気にしていることからも、自由なのは明らかだ。


「……出せないっすね」

「ちっ。まあいいや」


 全然よくなさそうである。


 イライラした様子で煙草をポケットに戻す。そのまま、ごそごそとポケットを漁った。


「おっ、あるじゃねえか!」


 嬉しそうにマッチを取り出して、再び煙草を咥えた。火をつけて、目を閉じながらゆっくりと吸う。


「ふぅー、仕事中の煙草が一番うめえよな」

「人の仕事の邪魔しないでよ、ヒューゴー。エッセン様を殺さないといけないんだからさ」

「あー、わりいな。最近、喫煙者への当たりが強くて困るぜ。こないだうちの秘書もよ、煙草吸ってる時間は無給だとか言い出して」

「はい、処刑! 確定!」


 フェルシーが口癖のごとく処刑と言いながら、口角をにっと広げた。


 イライラした様子のフェルシーだけど、ギルドマスターはどこ吹く風だ。


 ポラリスは黙ったまま、冷静に二人を見つめている。

 俺はその後ろで、ただただ困惑していた。


 突然乱入してきたギルドマスター。彼の目的がまったくわからない。

 飄々とするばかりで、真意をつかませない。


「ったく、氾濫が起きたっつーから、急いで走ってきたのによぉ。なんか面倒なことになってんなぁ。【氷姫】がいるなら俺いらなかったよな? ポラリス」

「マスターが一番速く来られるでしょうからね。あいにく、氾濫は終わってしまいましたが、ご報告したいことが……」

「ああ、いい。そういうのは後で頼むわ。俺だけが聞いてもしゃーないし」


 過去のこととはいえ、ポラリスよりも上のランキングに辿り着いた男だ。単独で氾濫を止めに来るほどの実力があるらしい。


「とりあえず、びっくり少年は俺が預かるわ」

「はい?」


 俺は思わず聞き返す。

 しかし返答はなく、気づいたら彼の肩に担ぎあげられていた。


「待ってよ。教会に逆らうの?」

「マスター、待ってください。エッセンは私が……」


 ポラリスとフェルシーが、同時にギルドマスターを止める。


「現場で決められることじゃねえだろ。あんたとしても、ちゃんと裁判やったほうが聞こえがいいだろ? 殺しちまったら、尋問もできねえし。それとも、俺たち三人相手に戦うか? あ?」

「旅神教会を脅すんだ」

「教会じゃなくてあんたを脅してんだよ。ったく、どいつもこいつも。神子ちゃんみたいに話わかる奴増えてくれねえかなぁ」


 冒険者ギルドは教会に逆らえないと思っていたが……ギルドマスターは、案外強気だ。

 この人は誰に対してもそうなんだろうけど。


「ってことで、裁判の日まで俺が拘束しまーす。誰かさんが殺しにこないように、秘密の場所でな。心配しなくても、裁判には連れてくから。ポラリスも、それでいいな?」

「待ってよ。なにを勝手に……」

「ニコラスの馬鹿にもそう伝えとけ」


 有無を言わさず、ギルドマスターが話を進めていく。

 ポラリスも、渋々ながら了承したようだった。


「待って、俺の意志は!?」


 裁判? 拘束?

 勝手に話が進みすぎてついていけない。そもそも、俺はつい先日まで下級冒険者だったのだ。ギルドやら教会やら、上層部の話はほとんど知らない。


「んじゃ」


 ギルドマスターは俺の疑問は無視して、俺を連れて走り去った。


 ……目に留まらぬほどの猛スピードで。

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