第76話 乱入者
俺はなにをされたんだ?
フェルシーに攻撃された? なんで?
両肩が焼けるように痛い。腕を切断された? 一瞬で?
痛みで頭が正常に働かない。
わかるのは、フェルシーが俺を完全に敵だと認定したことだけ。上級神官には、独断で処刑できるだけの権限がある。
「エッセンから離れなさい!」
ポラリスが俺に駆け寄ってくる音がする。
血で汚れるのも厭わず、ポラリスが俺を抱き起こした。
「ごめんなさい、私には治療はできないけれど……」
そう言って、氷で傷口を塞いでくれた。
温度が下がったおかげで、痛みが少し和らぐ。
「ポラリス……」
「すぐ癒神教会に連れていくわ。だから、少しだけ待ってて。……あいつを殺すから」
俺をゆっくりと寝かせ、ポラリスが立ち上がる。
「よくもエッセンを……殺すわ」
「ふふっ、できるの? あんな大技を使ったあとで」
首を捻り、二人の姿を視界に収める。
「ごめんね、エッセン様。とりあえず無力化させてもらったよ。処刑は確定だけどね」
「なにを根拠に……」
「魔神教会の者とおぼしき男と言葉を交わし、殺せる状況のはずなのに見逃してもらって? 彼が置いていった魔物を食べて、力をもらって? 客観的に見て、有罪でしかないよね~」
にこにことフェルシーが言う。
「だから、処刑! 確定!」
心底嬉しそうにそう宣言した。
彼女は最初から俺を疑っていた。
監視と言いながら、殺すに足る証拠が集まればすぐにでも処刑するつもりだったのだ。
「させないわ。あなた、せいぜい二桁程度の実力でしょう?」
「ランキングに照らし合わせればそうかな? 今のポラリス様は、それ以下に見えるけどね。二人とも処刑してあげようか?」
「会話は無駄ね。“ニブルヘイム”の中で私に敵うと思わないで。“氷雪断”」
「“結界弦”」
二人とも、完全に殺す気だ。
上級同士の本気の殺し合い……。どんな戦いになるのか、想像もつかない。
単純な強さなら、ポラリスのほうが上だろう。
しかしフェルシーは冒険者殺しの専門家。加えて、ポラリスは大技の後で疲弊している。
もしポラリスが負ける可能性があるのなら、止めないといけない。
「でも今の俺は……あれ?」
二人の高速戦闘を見ながら立ち上がろうとした時、違和感に気が付いた。
「腕が……治ってる?」
先ほど、俺の腕はフェルシーに切断されたはずだった。その証拠に、肩から先の装備はないし、少し離れたところに腕が二本落ちている。
でも俺の腕を見ると、腕が当たり前のように生えていた。なんなら、戦闘でついた傷も消えて綺麗になっている。
思い出すのは、昨日戦った魔物。
「まさか、“レイクサラマンダーの四肢”か……」
発動してもなにも起きないから、どんなスキルなのか不明だった。そういえば、そのまま解除していなかった気がする。
まさか、切断された腕を治すスキルだとは……。ケガしたくらいじゃ治らなかったので、完全に切れないといけない可能性もある。
腹部のケガは治っていないので、腕だけか?
色々試してみたいが、治らなかった時が危険すぎるのでやめておこう。基本、今まで治らないものと思って戦ったほうが良さそうだな。
「ポラリス、俺は大丈夫だ!」
「大丈夫なわけ……えっ?」
ポラリスがちらりと俺を見たあと、驚いて足を止めた。
フェルシーも戦闘をやめる。
「わお、やっぱ人間じゃないよ、君」
「それは俺も思う。でも、冒険者だ」
フェルシーの意見を覆すのは、難しいだろう。
だが、戦って勝てるとも思えない。
ポラリスと一緒に逃げるか……? いや、ポラリスに迷惑はかけられない。なら、俺だけでも……。
ポラリスが俺の隣に立って、レイピアを構える。
睨み合いの拮抗状態だ。
先に動いたのは……フェルシーだった。
「“結界弦”」
魔物をも容易く切り裂く細い結界が、彼女の手の動きに合わせて宙を走る。
「“氷雪断”」
ポラリスは小技でそれに対応する。やはり、本調子ではなさそうだ。
二人の中央で、攻撃がぶつかり合う瞬間……。
「はい、そこまで」
結界と氷の狭間に、一人の男が現れた。
男は両腕を広げ、それぞれの攻撃を受け止める。
「痛え! わざわざ攻撃の間に出る意味なかったわ!」
がはは、と豪快に笑うが、素手で受け止めたのにも拘わらず、傷一つついていない。
ラフな格好をした男だ。
無精ひげを生やし、髪はボサボサ。服装は近所に買い物をしに行くような気楽さで、緊迫感の欠片もない。
唖然とする俺たちをよそに、男はポケットから煙草を一本取り出して咥えた。
「やべ。忘れた。お前ら結界と氷かぁ。使えねえな」
頭をがしがしと掻いて、俺を見る。
「おいそこのびっくり少年。火とか出せねえ?」
そう言って、俺の手を差し出す。
ポラリスとフェルシーが、同時に口を開いた。
「ギルドマスター……」
「また処刑対象が増えちゃった」
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