第75話 決着

 動きを止めたポラリスに、三本の尻尾が一斉に向かう。


「フェルシー、止めるぞ」

「えー、仕方ないね」


 サバンナスコーピオンの尾は大きく、そして鋭い。

 まともに受けたら腹に穴が開くことは確定だ。


「全力で止める。“角兜”“大鋏”それと……“鱗甲”」


 スキルを発動しながら、ポラリスの十歩ほど前に立ちふさがった。


 “鱗甲”は長時間は使えない。

 その代わり、絶大な防御力を誇る。


「来い!」


 “大鋏”をがっしり構えて、衝撃に備える。


 サバンナスコーピオンも、ポラリスを止めないとまずいことがわかったようだ。

 三本の尻尾をねじって、一本にまとめる。強固な縄のように一まとまりになった。


 尻尾による攻撃以外は、あまり速い魔物ではない。脚を切っておいてよかった。

 スコーピオンができるのはわずかな移動と、尻尾による攻撃だけ。


 これを止めれば、三分は稼げるはずだ。


「“多重結界”“結界網”」


 フェルシーが結界で俺とフェルシーを守る。


 一本となった太い尻尾は、いくつもの結界に妨害されながら俺に迫る。


 そして――盾として構えた“大鋏”に、尻尾の先が激突した。


「く……っ」


 ものすごい衝撃だ。

 しかし、ギリギリ吹き飛ばされはしなかった。


「ボクも本気出すよ。“螺旋結界”」


 俺が止める瞬間を待っていたのだろう。

 フェルシーの放った無数の細い結界が、尻尾にまとわりつく。

 動きを制限し、特に尻尾を戻すことを許さない。何度も刺突されるほうが厄介だったから助かる。


 進むしかなくなったサバンナスコーピオンは、ひたすら尻尾を押し続ける。


 ぴきりと、“大鋏”にヒビが入る。


「“結界壁”」


 ポラリスが俺の背後に立ち、結界とともに俺の背中を支える。


 まずい、このままじゃ突破されるのも時間の問題だ。

 すでに“大鋏”は大破寸前で、腕に激痛が走っている。


 だが、ここを通すわけにはいかない。


 俺は……ポラリスを守るために、一緒に戦うために冒険者になったんだから。


「うぉおおおおおお。“大牙”ッッ」


 咄嗟に、“大牙”を発動させる。フェルシーの前だけど、なりふり構っている場合じゃない。


 俺に押し付けられた尻尾の先。身体を屈めて、なんとか噛みついた。

 ダメージは大して期待できない。でも、目的はダメージじゃない。


 鉄のように硬い尻尾のほんの表面だけ、ほぼ削り取るような形で呑み込んだ。


『スキル“サバンナスコーピオンの三又”を取得しました』


 旅神の声が聞こえたとほぼ同時に、“大鋏”が破壊された。

 武者の時と合わせて、今日で二回目だ。スキルは強制的に解除される。発動し直せばまた使えるが、すでに先端が俺の腹に到達してしまった。


「ぐはっ……」


 “鱗甲”のおかげで、貫通することはなかった。

 しかし、衝撃のせいで腹の中が痛い。


「“サバンナスコーピオンの……三叉”ッ」


 新たなスキルを発動する。


 現れたのは……サバンナスコーピオンのものとは違い、先端が三叉に分かれた一本の尾だった。

 感覚は“刃尾”に近い。しかし“三叉”のほうがはるかに太く、先端はかなり硬そうだ。


 小回りが効く剣のような “刃尾”に対し、いわば巨大な槍。それが“三叉”である。


「うぉおおおおおおお」


 腹で受け止めながら、“三叉”を横から伸ばす。そのまま、スコーピオンの尻尾の側面に突き刺した。


 不安定な姿勢だというのに、三つに分かれた先端は深々と突き刺さった。これは……“大鋏”よりも威力があるかもしれない。


「ピシィイイイ」


 サバンナスコーピオンが痛みに悲鳴をあげる。強引に尻尾を捩り、火事場の馬鹿力で押し付けてくる。


 太い尻尾が、俺の腹に突き刺さった。


「が……っ」


 “鱗甲”のおかげで傷は浅い。


 だがお互いに尻尾を差している状態だから、俺もスコーピオンも動けない。スタミナ勝負では勝ち目はないだろう。


 今何分経った? そう思った時。


「エッセン、信じてたわ」


 ポラリスの優しい声が、背後から聞こえた。


「私のギフトは、“銀世界”。ただの刃と氷じゃないわ。本気を出せば……世界そのものを顕現させる」


 背後から、ポラリスによって溜められた膨大な魔力が、一気に解放される。


「“ニブルヘイム”」


 世界が、氷に染まった。


 次の瞬間には、サバンナスコーピオンが物言わぬ氷像となっていた。


「ははっ、すげー……」


 俺に刺さっていた尻尾が、ぼろぼろと崩れ落ちる。


 辺り一面、見渡す限り氷が広がっている。木々も、岩も、ダンジョンの管理用であろう建物も、なにもかも。


 名前通り、銀世界だ。


「よし、勝った……」


 安心した途端、全身の力が抜ける。スキルを解除して、思わず膝を突いた。


「エッセン!」


 ポラリスが駆け寄ってくる。


 ――だが、それよりも早く。


「“結界弦”」


 すぐ近くにいたフェルシーが、使ったスキルが……俺の両腕を、切り飛ばした。


 ぼとり、と俺の身体から離れた腕が、地面に落ちる。


「上級神官の権限において、異端者と認定します」


 冷酷な声音で、フェルシーが言った。


「エッセン……っ!」


 フェルシーの悲痛な叫びを聞きながら、俺は地面に倒れ伏した。

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