第74話 サバンナスコーピオン

 Cランクダンジョンのボスが、ダンジョンの外にいる。

 氾濫である以上当たり前のことだけど、実際に見ると衝撃がすごい。


 サバンナスコーピオンは巨大で、一振りで山をも砕けそうな太く長い尾が三本生えている。


 同時に、ダンジョンができる前はこんなのが普通に闊歩していたのか、と戦慄する。

 昔の人たちはどうやって生きてたんだ……。


「あの男も気になるけれど……今はスコーピオンの処理が優先ね」


 武者にはまんまと逃げられてしまった。

 なんのギフトかはわからないが、気づいた時には姿が消えていた。それに、サバンナスコーピオンの妨害がある状態で追うのは無理だっただろう。


「エッセン様、なにを話していたのかな?」

「フェルシー、今はそれどころじゃないだろ。スコーピオンを倒さないと……」

「サバンナスコーピオンくらい、彼女が倒してくれるでしょ。私にはちょっと、荷が重いかな」


 フェルシーがそう言って、肩を竦める。視線は俺に向かっていて、さらに疑念を深めているようだった。

 魔物たちの殲滅をしながら、少しずつダンジョン側に移動していた二人が辿り着いた時……俺と武者は、たしかに会話していた。


「で、なにか言われた?」

「いや……」


 俺にやましいことはない。

 だが武者に勧誘されたなどと言えば……フェルシーは有罪だと断定するだろう。


そう思い、つい濁してしまう。


 フェルシーがすっと目を細めた。

 しかし、彼女がなにか言う前に、フェルシーの声が届いた。


「エッセン、ちょっと手伝ってくれる?」



 ポラリスは冷静にスコーピオンを見据えたまま、言葉を続ける。

 いつもクールで強気なポラリスの額に、うっすらと冷や汗が浮かんでいるように見えた。


「サバンナスコーピオンは、単体だと上級ダンジョンの魔物クラス……。ダンジョンの中では、ね」

「どういうことだ?」

「どうしてボスだけ、ダンジョンの中で別のエリアが用意されていると思う? ボスだけはただ閉じ込めるだけではダメ……。力を弱め、かつ一体しか存在できないようにする別の結界が必要だから」


 そういう説もあるね、とフェルシーが補足する。


 なるほど……。

 ボスは必ず、ダンジョンの奥地にあるボスエリアに一体だけ存在している。


 ボスエリアには、誤って入ってしまうことはない。ダンジョンに入る時と同じように、旅神から意志を確認される。ボスエリアには別の結界があるからだ。


「ダンジョンから解き放たれたボスの強さは……さらに二ランク上。サバンナスコーピオンは、Aランクダンジョンのボス相当よ」


 ポラリスの冷や汗の理由がわかった。

 Aランクダンジョンのボスを単独撃破した冒険者は、歴史上でもほとんどいないのだから。


「旅神はね、魔神の力を細かく分割して、各地のダンジョンに封印したの。そんな残り滓みたいな力から、今も魔物が生まれ続けている……。そしてボスは、その欠片を直接宿す存在と言われてるんだ」


 フェルシーが両手を前に突き出して、サバンナスコーピオンに向ける。


「だから、ちっちゃい魔神みたいなものだよね。――“多重結界”」


 見上げるほどに巨大なサソリ。

 それを囲うように、一瞬にして結界が幾重にも展開された。


 ……しかし、スコーピオンの尻尾の一振りで切り裂かれてしまう。溶けるように、結界が消滅した。


「うーん、無理かも」

「諦めないで。行くわよ」

「ボク、対人が専門なんだよね~」


 フェルシーが恐ろしいことを言っている。俺より魔神側じゃね?

 三人で勝てるだろうか?


 とはいえ、ポラリスの言う通りこいつを野放しにしておくわけにはいかない。

 単体で街を滅ぼす力を持っているのだから。


「“健脚”“刃尾”“炯眼”“天駆”」

「結界から出ても基本的な動きは変わらないはずよ。三本の尻尾に気を付けて。――“アイスバーン“」


 ポラリスが冷気を広げて、サバンナスコーピオンの足元に氷を展開する。

 スコーピオンは余裕なつもりなのか、どっしりと構えたまま動かない。いつでも殺せるとでも言いたげだ。


「エッセン、足を攻撃して! まずは機動力を奪うわ」

「了解」


 スコーピオンの足元から広がった氷が、六本の脚にまとわりつく。根本まで氷漬けにして、地面に縫い付けた。

 脚がある場所以外の地面は凍っていない。さすがのコントロールだ。


 ポラリスの“銀世界”は剣と氷魔法の複合ギフトだ。

 氷で動きを奪い、剣でトドメを刺す戦い方を得意としている。

 彼女の前では、全ての魔物は動けないまま殺されていく。


「俺も負けてられないな」


 俺はスコーピオンに向けて走り出した。

 足元をくぐり抜け、一本の脚に肉薄する。


「“大鋏”」


 脚の付け根を挟み込む。


「くっ、硬い!」


 しかし、俺の最大の攻撃力を持つスキルでも、硬い外骨格を破ることはできなかった。柔らかい関節部を狙ったはずなのに、少し傷つけただけで切断するには至らなかった。


「エッセン、避けて!」


 ポラリスの声を聞いて、状況を確認する前に横に跳んだ。“天駆”で空中を蹴り、さらに離れる。

 俺がいた場所に、鋭い尻尾が突き刺さった。


「ありがとう!」

「もう一回行くわよ」


 ポラリスと頷きあって、二人で駆けだす。


「次こそは……」


 ポラリスだけに任せてはダメだ。


 隣で一緒に戦う。その夢は、決してポラリスに守られるという意味ではないんだから。


「凍った魔物は、少しの攻撃で砕けるの」


 ポラリスが肘を曲げてレイピアを引き絞る。


「“アイスピック”」


 ポラリスのレイピアが、凍り付いた一本の脚に突き刺さる。

 ガラスが割れるような音とともに、氷ごと脚が砕け散った。


「なるほどな!」


 ポラリスの強力な魔法によって、スコーピオンの脚は完全に凍っている。

 なら、切るより砕くほうが簡単だ。


「“足跡”」


 右手を一本の脚に向けて突き出し、“刃尾”を地面に刺すことで身体を固定する。


 空中で使えば落石だが……横から使えば、大砲のようなものだ。

 身体を固定するだけで、勝手に伸びていくエレファントの足がスコーピオンに激突する。


「よしっ!」

「よくやったわ」


 脚を一本吹き飛ばしたのを確認し、スキルを解除する。


 ポラリスと合わせて、これで二本。残り四本だ。

 ほとんどポラリスの力なような気がするけど、この調子なら……。


 ばきっ、と氷が割れる音がした。


「ピシィイッ」


 今度は、脚が砕けたわけではなかった。

 ついにスコーピオンが動き始めたのだ。スコーピオンは強引に地面から脚を剥がし、俺たちから距離を取る。

 無理やり動けば、自分の力で脚を砕く危険もあったのに……それだけ、怒っているということだろう。


 スコーピオンの三本の尻尾が、同時にポラリスに向かう。


「“結界網”」


 空中で、半透明のなにかがキラリと光った。フェルシーの放った結界だ。


 細長い結界が網目状になって、三本の尻尾を絡め取る。

 完全に停止するほどではなかったが、少し止めた隙にポラリスが回避した。


「“結界弦”」


 フェルシーは踊るように両手を振って、さらに細い結界を振るった。

 守るだけじゃない。超攻撃的な結界使い……。


「はい、ボクも一本!」


 鞭のように鋭くしなった結界が、スコーピオンの脚を根本から切断した。

 強引に動いたことで傷ついていたとはいえ、恐ろしい切れ味だ。


 これでスコーピオンの脚は右に一本、左に二本しか残っていないことになる。


「このままだと、ボクが残り全部切っちゃうよ?」


 フェルシーが煽るように、強気な笑みを向けてくる。


「油断しないで。尻尾が来るわよ」


 フェルシーが挑発しても、ポラリスは冷静だ。


 たしかに、脚を減らしたことで機動力は下がった。しかし、最も危険な尻尾は未だ健在だ。

 フェルシーの結界と、ポラリスの氷。どちらを持ってしても破壊はおろか、止めることすらできていない。


「ピシィイイイ」


 三本の尻尾が、それぞれ違う動きでポラリスに向かった。真っすぐ刺突する尾、横薙ぎに振り払う尾、時間差をつけて叩き付ける尾……。

 その全てが、ポラリスだけを狙っている。先ほどの攻防で、ポラリスが最も危険だと判断したようだ。


 それもそのはず。俺とフェルシーは、ポラリスが弱らせた脚を破壊しただけにすぎないのだから。


「“足跡”」

「“結界網”」


 俺は言わずもがな、フェルシーもポラリスを守るためにスキルを発動する。軌道を変えたり、速度を緩めるのが限界だ。


 そして、これだけ尾を振り回されると誰も近づけない。


「どうする……ッ」


 攻め手がないことに歯噛みする。

 俺のスキルでは、火力も速度も、なにもかも足りない……。そのことが悔しくてたまらない。


「エッセン、お願いがあるのだけれど」

「なんだ?」

「三分だけ、私のことを守ってくれないかしら。その間、私は動けない」


 尾を回避しながら、ポラリスと言葉を交わす。


「その代わり三分後……確実にスコーピオンを倒すわ」


 自信たっぷりの笑みで、ポラリスがそう宣言した。

 三分間……つまり、溜めが必要な攻撃ということか。


 考えるまでもない。俺は一も二もなく頷いた。


「承知した」

「ありがとう」


 俺の言葉を聞いて、ポラリスが足を止めた。

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