第73話 勧誘
武者が一歩歩み寄ってくる。
「こちらに来れば……そうですね。手始めに、全ての魔物を喰らっていただきましょうか。サポートいたしますよ。それが旅神のギフトなのは癪ですが、魔物に変身できるというのは、魔神教会にとっても価値が大きい」
冗談を言っているようには見えなかった。
魔神教会。
魔物を利用して街を襲おうとしているような奴らの仲間になる?
「ふざけるな」
血が沸騰するほどに、怒りがこみ上げる。
「俺は冒険者として上に行きたいんだ。断じて、冒険者の敵になりたいわけじゃない」
「無理な願いではないでしょうか。旅神教会から異端審問にかけられるのが目に見えております」
「それは……」
何も言い返せない。
現に、旅神教会からは疑われ、上級神官であるフェルシーに監視されている。
「それでも、関係ない。誰がなんと言おうと、俺は冒険者だ」
ポラリスと約束したから。
いつか冒険者の頂点に立つ。その芯だけは、なにがあっても曲げたくない。
「そうでしょうとも。私が旅神の元に還るギフトを掠めとるのと同じように、魔神が回収するはずの加護をその前に吸収するのが、貴方の能力です。実際に魔神の力を削いでいるのだから、それは冒険者……旅神の信徒の力に違いありません」
言われて、納得する。
なんで旅神のギフトで魔物のスキルを使えるのかと思っていたが、魔神の力を奪っているのだとするなら理解できる。
「しかしながら、愚かな旅神教会がそれを認めるかどうかは別問題ですがね。その点、魔神教会なら正当に評価いたします、悪くない提案かと存じますが」
俺の能力は、人々にとって受け入れがたいものだ。それは、最初からわかっていた。
魔物は絶対悪。
神話上でも、習慣的にも、魔物は人類の敵だと定義されている。中には、実際に魔物の被害に遭った者も少なくないだろう。
そんな人間社会で、魔物に変身することができる俺が、どんな目で見られるか。そんなの、考えるまでもない。
武者の言う通り、魔物側の組織のほうが正当な評価を得られるだろう。
「断る」
でも、俺は評価がほしいわけじゃない。
誰かに褒めてもらいたくて、冒険者をしているわけじゃないんだ。
「冒険者じゃないと意味ないんだよ。名誉がほしいわけじゃない。強い冒険者になりたいだけなんだ」
「なぜそこまで……強さなら、冒険者に拘らなくてもよろしいでしょう」
「お前にはわからないだろうさ」
いや、誰にも理解されなくてもいい。
『一番すごい冒険者になって、俺がお前を守るから』
いつも泣いてばかりだった幼馴染。
彼女を元気付けるためだった大言壮語は、いつしか本当に俺の目標になっていた。
魔物から人々を守る冒険者。吟遊詩人から伝え聞くそんな英雄の話に憧れて。
その話をしている時だけは、彼女は泣き止んでくれた。
強い冒険者になれば、彼女をなにからでも守れると思ったんだ。
その強い気持ちは、歳を取った今でも変わっていない。
「約束がなければ、その誘いに乗っていたかもな」
「どうやら、貴方を屈服させるのは容易ではないようですね」
「ああ。あいつとの約束があるうちは――俺は絶対に負けない」
無駄話は終わりだ。
話すまでもなく、結論は決まっていた。
いや、さらに決意が決まったとも言える。
フェルシーの監視のせいで、少し揺らいでいた部分もあるから。
能力を隠す? 食べているところを見せない?
そんな必要はない。俺にやましいことはないんだから。
ただでさえポラリスより出遅れているのだから、俺に立ち止まっている暇はない。
まずは……目の前の敵から片付けようか。
「ヴォルケーノドラゴンの――」
「まことに残念ですが、ここで終わりのようです」
スキルを発動しようとした瞬間、武者が俺から勢いよく離れた。
「さすがに、今から上級を二人も相手するのは少々骨が折れます。それい、目的は十分に達しました」
武者の視線は、俺の後方に向いている。
「エッセン! 大丈夫!?」
「ポラリス!」
どうやら、魔物の殲滅を終えたポラリスが駆け付けてくれたようだ。少し後方にはフェルシーもいある。
魔物は未だダンジョンから溢れ続けているとはいえ、一体分の穴しか空いていないためペースは早くない。
ポラリスとフェルシーの殲滅力なら、片付け終わるのも時間の問題だった。
「エッセン、あいつは敵でいいのよね?」
「ああ。魔神教会だ」
短いやりとりで、情報共有する。
ポラリスはこくりと頷くと、レイピアを武者に向けた。
「“氷雪断”」
鋭い氷の刃が、武者に飛来する。
武者はダンジョンに刺していた直刀を引き抜き、なにかのスキル……いや、ギフトを発動しながらそれを防いだ。
「私はこれで失礼いたします。この通り、我々魔神教会はいつでも、そしてどこでも氾濫を起こすことができる。ゆめゆめ、お忘れなきよう」
「待ちなさい!」
「そして、いつか気が付くでしょう。魔神の眷属たる魔物こそが地上の支配者に相応しい、と」
武者の気配が薄くなっていく。
まるで煙が消えていくように、彼は影に溶け込んでいく。
「……っ。逃がさない。“アイスバーン”」
「逃がすわけないよね? “多重結界”」
フェルシーとポラリスが、逃げようとする武者にスキルを使う。
しかし、武者を捉えるには至らない。
「みなさんのお相手は、私ではありませんよ」
どしん、と地面が揺れた。
「それでは、失礼いたします」
武者の気配が完全に消える。
代わりに、直刀がなくなったことで閉じていくダンジョンの結界をこじ開けて……巨大な魔物が現れた。
「ピシィイイイ」
想起するのは、リュウカの“魔導工房”。
人が数人は乗れそうな巨躯には六本の足と、二本の鋏、そして三本の長い尾が生えていた。
「サバンナスコーピオン……」
ポラリスがぐっとレイピアを構えた。
「“無窮の原野”のボスよ」
温存していたのか、今出てきたのか。
氾濫において最大の敵が、俺たちの前に立ちふさがった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます