第72話 武者
俺の攻撃を避け、懐に潜り込んだ時。
その後、拳で俺を殴った時。
そして、サバンナエレファントを魔法で消し飛ばした時。
どれも、完全に異なる動きをしていたように見えた。
通常、ギフトは限られた範囲の能力しか使えない。武者の動きは、到底一つのギフトで実現できるものではないように感じる。
まるで、複数のギフトを持っているかのようだ。
「どうやら似たもの同士のようですね。では、改めてご挨拶をいたしましょう」
武者が目を伏せて、襟を正した。
「私は武者。我らが主、魔神より賜ったギフトは“人間喰らい”。旅神の加護を喰らい、身に宿す力です」
「魔神だと……!?」
魔神……先ほど、フェルシーから聞いた話を思い出す。
旅神教会と長きにわたり対立し、近頃動きが活性化してきたという組織……。
「お前、魔神教会か!」
「いかにも」
武者は焦りもせず、鷹揚に頷いた。
隠す気もないようだ。
「俺は冒険者だ。魔神教会がなんだかよく知らないけど、魔物を使ってなにかしようとしているなら……俺が止める」
「冒険者らしくない見た目ですね」
「“魔物喰らい”だからな」
「ほう、“魔物喰らい”……。老師がなにか仰っていたような」
俺を目の前にして、武者は随分と余裕だ。
当然か。あまりにも実力差がありすぎる。それは、先ほどの攻防ではっきりした。
だが、これだけ油断しているなら可能性はある。
「“炯眼”」
まず、あのスピードを目で追えなければ話にならない。
痛む身体に鞭うって、立ち上がると同時に大きくバックステップ。
考え込んで動かない武者に、下がりながら右手を向けた。
「“空砲”」
不可視の衝撃波が武者に迫る。
「ああ、思い出しました」
武者が顔を上げた。
身動きせずに発生させた風の魔法で、“空砲”を片手間に打ち消す。
「ヴォルケーノドラゴンを倒した冒険者でしたね」
武者の瞳がぎらりと光った。
「二度も邪魔をするとは、果たして偶然か必然か。“吟遊詩人”“音使い”“呪言術師“――【ひれ伏せ】」
「あれもお前らの仕業かよ! “咆哮”」
直感的に、音が届く前に“咆哮”でかき消す。
彼の言葉が聞こえた瞬間に身体が重くなったので、音の攻撃だろう。完全に効果が出る前に反応できてよかった。
「遠距離もダメなら、今度は空だ」
“健脚”と“天駆”で上空に駆け上がる。
武者の真上まで行き、真っすぐ見下ろす。
「真上から落とす分には使えるよな。“足跡”」
右腕を武者に向け、スキルを発動する。
サバンナエレファントよりも大きなゾウの足が、俺の肩から生えて来た。重すぎてまともに動かせやしないが、標的は真下にいる。この重量なら、落とすだけでかなりの威力になるはずだ。
いわば、巨人のパンチだ。
「“金剛”“剛力”“剛体”“頑強”“力士”」
ぴたり、と“足跡”が止まった。
感覚が鈍いから定かではないが、音からして地面に当たったわけではなさそうだ。。
どちらにせよ、発動したままでは動けない。即座に“足跡”を解除する。
「正面から受け止めやがった……!」
“足跡”の下にいたのは、腰を落とし手のひらを上に向けた武者だった。
武者にとって、あの程度の攻撃は避けるまでもないということだ。
一歩も動かず、最小限の動きで張り手をしただけだというのに、無傷のまま完全に防がれた。
「貴方に勝ち目はありません」
地面に降り立った俺に、攻撃するでもなく武者が話し出す。
「能力の多さは強さに直結する。それは貴方もよく知るところでしょう」
「……お前のスキルは、まさか、人間のギフトなのか?」
「いかにも」
俺は“魔物喰らい”のギフトで、魔物のスキルを得ることができる。
武者のギフトは“人間喰らい”だという。同じ系統のギフトだとすると、その能力は……。
「私は殺した人間から、ギフトを喰らうことができます。現在、五百ほどでしょうか」
「五百……!?」
「その中から状況に合わせ、シナジーのあるギフトを同時に発動できます。……もっとも、喰らったギフトは成長することがないので、一つ一つの力は上級冒険者には劣りますが。合わせれば、十傑にも負けることはないでしょう」
俺が持つ魔物のスキルは、二十四個。武者は二十倍以上の数を保持していることになる。
さらに、同時に発動することで重ね掛けすることもできる……。先ほどの人間離れした動きは、それが理由か。
攻防ともに隙が一切ない。
現に、俺の攻撃は全て通用しなかった。
未だ表情を崩すことすらできていないのだ。……レベルが違うと言わざるを得ない。
「いや、諦めるな」
自分に言い聞かす。
そもそも、俺は武者を倒しに来たわけではない。氾濫の終息が目的だ。
結界に刺さっている直刀さえ抜くことができれば、無理に武者と戦う必要はない。
必死に頭を回転させ、突破口を探る。
武者は構えもしていないが、なにをしても対応されるビジョンしか浮かばない。どれだけ隙だらけに見えてもすぐに反応してくることは、先ほどの戦闘でわかった。
「まだ諦めない姿勢は評価します。しかし、人間のためにそこまで頑張る理由はなんでしょうか。……貴方のそのギフトでは、彼らに受け入れられないでしょう?」
「理由なんて必要ない」
「貴方の能力からして……人間社会で正しく評価されることはあり得ません。むしろ、こちら寄りだ。どうでしょう」
そこで初めて、武者が穏やかな笑みを見せた。
「魔神教会の仲間になりませんか? 魔物になれる人間。なんと素晴らしい。歓迎いたしますよ」
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