第70話 足跡

 通常、ダンジョン内の魔物には限りがある。

 旅神の結界が、魔物の発生を抑えているからだ。


 魔物は魔神によって生み出されるか、繁殖によって増加する。

 そのうち、魔神の力が残っている影響で自然発生するものについて、結界は効力を発揮する。


 魔神の力は恐ろしく強い。

 旅神によって本体が眠らされ、さらに各ダンジョンに分散して力を封じたとしても、魔物が生まれ続けるくらいに。


 だから自然発生を抑制していた結界が破損すれば、魔物は無尽蔵に生まれ続ける。


「元を絶たないと……」


 考えながら、サバンナライアンをさっきと同じ要領で倒す。

 敵の数が多すぎる。ちょっと油断すると囲まれてしまうので、“炯眼”で警戒しながら各個撃破を狙う。


 しばらく、魔物を倒し続けた。十体ほどは倒しただろうか。

 幸い、今のところ危うげなく処理できている。だが、一体一体に時間がかかるので、ポラリスやフェルシーのような殲滅力はない。


 だが今のところ魔物を食い止めることには成功している。


「そういえば使ってなかったな……」


 念のため、靴を両足脱いだ。名前から察するに、足のスキルだろうから。


「“サバンナエレファントの足跡”」


 しかし、その予想は裏切られることになる。


「えっ?」


 スキルが発動したのは足ではなく、腕だった。


「ガゥ」


 ぐちゃり、と数歩先でサバンナライアンが潰れる。

 潰したのは、サバンナエレファントのような巨大な足だ。ただし……俺の肩から生えた足である。


「腕に出るのか……」


 たしかに、四足歩行だったらこっちも足だけど。


 “足跡”は、腕をサバンナエレファントの足に変えるスキルだった。

 そのサイズは規格外だ。なにせ、長さは身長の三倍、太さは俺の身体の四倍以上ある。


 するとどうなるか。当然、重くて動けない。


「なんて不自由なスキルなんだ」


 試しに引っ張ってみたがぴくりとも動かないので、諦めて解除する。

 たまたま伸びた先にサバンナライアンがいたからいいものの、命中しなければただの足枷だ。


 使い道が少なそうなスキルがまた増えたな。


「エッセン、ちょっと相談があるのだけれど」


 引き続き戦っていると、ポラリスが近づいてきた。

 持ち場を離れて大丈夫なのかと視線を走らせると、いつのまに“冬将軍”の範囲が大幅に広がっていた。あれじゃ逃げたくても逃げられまい。


「どうした?」

「氾濫にしては、数が少ないわ」

「これで少ないのか……?」

「ええ。本来、氾濫は上級冒険者が百人規模で対処するような災害なの。いくら私とあの子が足止めに秀でているとはいえ……たった三人で抑え込めるものではないわ」


 ポラリスは氾濫の経験もあるのか。

 実感を伴った彼女の口ぶりに、関係ない感想が浮かぶ。まだ差は大きいな……。


「……なにか嫌な予感がするわ。そもそも氾濫なんて起きるはずのないダンジョン……なにか原因があるとしか思えないの。だから“無窮の原野”に行って、それを調べたいのだけれど」

「ダンジョンに?」

「ええ。もし通常の氾濫だとしても、ダンジョンには行く必要があるわ」


 上級冒険者の経験からくる予感は、決して無視できるものではない。


 ポラリスは真剣な表情で続けた。


「氾濫を止めるためには、ダンジョンまで行ってボスを倒さないといけないの。それも、ボスエリアによる弱体化のない、本来のボスを」

「それが氾濫が終わる条件か……。けど、今ここを離れたら、魔物を止める人がいなくなるぞ」

「そうね。迷宮都市との間にはいくつか村もある」


 迷宮都市はダンジョンの近くにあるからこそ発展してきた都市だ。当然、氾濫に対する備えはしてある。

 しかし、近隣の村や町はどうだろうか? この数の魔物が押し寄せれば、簡単に滅ぶだろう。

 そこらの村に、偶然上級冒険者がいることを期待するのは無理がある。


「だから、その相談よ。エッセンにはダンジョンまで行って、原因を探ってほしい。ここは私とあの子で食い止めるわ」


 ポラリスが、俺の目を真っすぐ見て言った。


 その役目に俺が選ばれたのは、おそらく消去法だ。

 ポラリスとフェルシー、二人の殲滅力がなければ、魔物たちの侵攻を阻むことができない。自由に動けるのは俺しかいない。


「……わかった」

「言っておくけれど、一番信用できるのがエッセンだから頼んだのよ。消去法なんかじゃない。あの子がいなくたって、私一人でも食い止められるもの。でもあの子には頼めない。私が信頼しているのは……世界でただ一人、エッセンだけだもの」


 ポラリスがふっと表情を緩めた。


「ねえ、二人でした約束、覚えているわよね」

「当然だ」


 二人で冒険者になって、頂点を目指す――。

 それが、閉鎖的な村を飛び出した俺たちが抱いた夢であり、二人の約束だ。


「あの時は、ただ強くなればいいと思っていたわ。でも、そうじゃないと気付いた」

「そうだな。あの時は、自分たちさえよければいいと思ってたし……。けど、今は違う」

「ええ。上に立つ者には、相応の矜持が求められる。だから……」


 ポラリスが、拳を固めて突き出した。


「守るわよ。二人で」

「ああ。こっちは任せたぞ」

「余計な神官がいるけれどね」

「ちゃんと協力して……?」


 拳を合わせて、くすりと笑った。

 そのまま、お互い背を向けて走り出した。

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