第69話 サバンナライノ

「“健脚”」

「ボフッ」


 サバンナライアンと戦った後だと、遅く見えるな……。


 いや、実際スピードは大したことない。

 直進だけのようだし、避けるのは簡単だ。

 問題なのは、鼻先に生えた太く大きな角だ。それが重量級の突進によって突き出される……受けようものなら即死する。


 全長はライアンと大差ないが、サバンナライノのほうが明らかに重そうだ。

 さっきみたいに空中戦で誤魔化すのは無理そうだな……。


「よっ……と。回避は問題ないな。けど硬すぎる」


 灰色の分厚い皮膚。

 試しに“鋭爪”で切りつけてみたが、傷一つつかない。まるで鉄でも引っ掻いたかのような感覚だ。


「とりあえず、新しいスキルでも試してみるか」


 スキルの確認は大切だ。手数の多さが、どこで役に立つかわからない。

 少し余裕のあるうちに、使っておかないと。


「“レイクサラマンダーの四肢”」


 フェルシーの監視のせいで迂闊に使えなかった、ボスのスキル。

 満を持して発動したが……なにも起きない。


「あれ?」


 手や足を見てみても、なにも変化がない。


「ボフッ」


 唖然とする俺に、サバンナライノが突進してきた。


「どうなってるんだ……」


 横に跳びながら、首を傾げる。


 見た目の変化がないスキルは、他にもある。“吸血”や“天駆”などだ。その類かもしれない。

 レイクサラマンダーの能力を引き継いでいるのであれば再生能力だが……まさか自分で試すわけにもいかない。


「まあ、そのうち調べよう。気を取り直して……」


 サバンナライノがUターンして、突進を続ける。

 迫りくる角を避けながら、スキルを発動する。


「“サバンナライアンの咆哮”」


 こちらも、目に見えた変化はない。

 しかし、喉のあたりに強い違和感があった。まるで咳の前触れのような、なにかが引っ掛かる感覚。


 試しに口を開けて、それを解放してみる。


「ハッ!」


 咳払いのごとく、喉を鳴らした。喉の奥で、なにかが爆発する。


 そして……目の前の空気が歪んだ。


「ボフッ!?」


 目の前でスキルを受けたサバンナライノが、バランスを崩して転倒した。


 頭でも打ったかのように、よろよろと辛そうに立ち上がる。歩こうとしても、真っすぐ歩けないようだった。


「これは……“咆哮”」


 次はサバンナライノの耳元で使ってみる。

 前後不覚に陥っているようで、接近は容易だった。


「ハッッ!」


 さっきよりも近くで使用したおかげで、効果は劇的だった。

 “咆哮”を受けたサバンナライノが、鼻や口から血を吹きだしながら倒れたのだ。


「音の攻撃か!」


 口を開けるだけで使える、不可視の攻撃。

 至近距離じゃないと効果は薄そうだが、かなり便利で強いスキルだな。


「もう虫の息か? 走れないなら脅威じゃないな。“大牙”」


 地面に伏せて荒い息を吐くサバンナライノに、牙を突き立てる。


「いただきマス!」


 鎧のように硬い皮膚だが、腹の下の柔らかいところを狙って噛み千切った。


『“サバンナライノの角兜”を取得しました』


 よし、新しいスキルだ。

 スキルは何度手に入れても嬉しいな。そのために魔物と戦っているまである。

 そもそも、スキルを貰えないならわざわざ食べたりしないし。不味いから。


 ……そういえば、喰った魔物に対して美味しいとか不味いとかいちいち考えなくなってきたな。


「……“角兜”」


 人間離れしてきたことから目を逸らすため、新しいスキルを発動する。


 今度はわかりやすい。

 頭をすっぽりと覆うように、硬いヘルムが現れたのだ。サイの皮膚のように灰色で、ざらざらとした触感がある。

 普通のヘルムとは違い、額から一本の角が生えていた。攻撃にも使えそうだ。


「おお! カッコイイな!」


 久々に癖のないスキルな気がする!

 “健脚”や“刃尾”のように、常に使っていても良さそうだ。なにより、他のスキルと干渉しない。


「これはアタリだな。便利だ」


 なんて、テンションが上がっていると。


「パオォオオオ」


 不意に、頭に衝撃が走った。


「い……っっ」


 そのまま吹っ飛ばされる。

 空中で身体を捻り、なんとか体勢を整えて着地した。


「殴られたのか……。さっそく、“角兜”が活躍したな」


 手の甲で頬を拭って、俺を攻撃してきた魔物を見る。


 サバンナライアンの二倍はある超巨大な立ち姿。大木と見紛うほど太い脚に、長い鼻。

 吹っ飛ばされたおかげでかなり距離が空いているのに、まだ近く感じるほど大きい。


「サバンナエレファント……」


 こんなデカイ奴がいたのに、攻撃されるまで気が付かなったのか?


「パォオオ」


 サバンナエレファントが、遠くから鼻を振りかぶった。


「届くわけ……っ」


 ない、と言おうとしたが、嫌な予感がして全力で後ろに跳んだ。

 次の瞬間、さっきまで立っていた地面が砕け散って、大きなクレーターができた。


「伸びるのかよ!」


 サバンナエレファントの鼻が遠心力によって、恐ろしい速度で振るわれたのだ。しかも、二倍以上に伸びながら。


 攻撃が終わった鼻は、縮みながら元に戻った。よく見ると、鼻の側面はボコボコといくつもの突起があり、骨がむき出しになっている。


「道理で近くにいないのに食らったわけだ……」


 いくら新スキルでテンションが上がったって、この巨体に近づかれて気づかないほど油断していない。


 だが、ある程度遠くの魔物は意識的に無視していた。だって、そこら中にいるから。他の魔物との戦闘中に、いちいち意識していられない。


 だが、この距離から攻撃できるのなら話は別だ。


「囲まれたらやばそうだな……。さっさと片付けよう」


 ほとんどの魔物をポラリスとフェルシーが引き受けてくれているとはいえ、魔物は大群。彼女たちの牢獄から逃れた魔物だけでも相当数いる。

 迅速に処理しないとな。


 ……しかし。


「くっ、危なすぎて近づけないな! “炯眼”」

「パォオ」


 再度振るわれた鼻を、鷹の目で見切り、跳躍して躱す。俺を通り過ぎた鼻はそのままの勢いでぐるりと円を描き、さらに長くなって上空の俺を狙ってきた。


「二周できるのね……“天駆”」


 器用な鼻だ。

 鈍重そうに見えて、鼻が器用だからかなり柔軟に動けるようだ。


 どんどん速くなる鼻を、宙を駆けて回避した。

 三周してから、鼻が再び戻っていく。


「近づけないとどうしようも……そうだ」


 サバンナエレファントが、もう一度鼻を振りかぶった。


「“鳥脚”“黒針”“角兜”“大鋏”」


 “鳥脚”で地面をがっしりと掴み、衝撃に備える。

 迎え撃つのは、肩から生えた無数の針と、額から生えた強靭な角、左腕の鋏。


「来い!」


 猛スピードで迫るサバンナエレファントの鼻を、防御に秀でたスキル群で受け止める。

 角と針が鼻に突き刺さった。


「はぁああああ」


 足を全力で踏ん張り、今度は吹っ飛ばされないように。

 全身に衝撃が走るが、なんとか鼻を食い止めることに成功した。“大鋏”で挟み込み、切断はできなかったががっちりと固定する。


「鼻さえ抑え込めばこっちのもんだ」

「パォオオオオ」


 サバンナエレファントは俺を振り解こうと、鼻をぶん回す。


「デカくてタフな奴は既に対策済なんだよ」


 左手の“大鋏”で落とされないよう掴みながら、右手を構える。


「“雷掌”」


 ゾウの長い鼻にも、他の動物のように穴が空いているらしい。

 右手を穴の中に突っ込んで、電撃を流し込んだ。


「パオ……」


 いくら皮膚が硬く、肉が厚くても、体内まで強いやつはそうそういない。


 体内を焼かれたサバンナエレファントが、ぐったりと鼻を下ろす。

 鼻孔に突っ込んだついでに、“星口”で喰っておこう。


『“サバンナエレファントの足跡”を取得しました』


「よし、勝った!」


 ガッツポーズして、辺りを見渡す。


 俺はたった三体だが、ポラリスとフェルシーは相当数討伐したはずだ。

 なのに……。


「キリがねえな……」


 ダンジョンの方向から大挙して押し寄せる魔物たちを見て、乾いた笑みしか浮かばなかった。

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