第68話 サバンナライアン

 近くで見ると、“無窮の原野”の魔物たちは非常に大きかった。


 戦ったことのないCランクダンジョンの魔物。その一体一体が、下級ダンジョンのボスクラス。

 本来なら、いくつかDランクダンジョンを攻略してから戦う予定だった。


「いつか倒すんだ。少し早まっただけだな」


 そう強がって、自分を鼓舞する。


「ガゥウウ!」


 サバンナライアンが身を屈める。

 俺も“健脚”に力を入れ、地面を蹴った。


 “鋭爪”で胴体を狙う。

 しかし、素早くステップしたサバンナライアンに避けられてしまった。


「……っ!? 速い!」

「ガウ」


 カウンター、とばかりにサバンナライアンが爪を突き出してくる。フォレストキャットよりも厚く、強固な爪だ。

 まともに受ければタダでは済まないだろう。


「くっ」


 身を翻して、なんとか避ける。

 しかし、俺には反撃する余裕なんてなかった。カウンターを狙う場合、攻撃態勢に入りながら回避する必要がある。だが、避けるので精いっぱいだ。


「ガウ、ガウ」


 サバンナライアンの猛攻は止まらない。

 岩をも削る爪、鎧をも貫く牙、地面を砕く足。それらが、強靭な肉体によって猛スピードで迫ってくる。


 “健脚”を全力で使った俺よりも、さらに速い。

 純粋な速度で勝てない相手は初めてだ。


 今までの俺の戦術は、ひたすら回避しながら攻略法を探ることだった。ヴォルケーノドラゴンすら、その方法で戦っていたというのに。


 サバンナライアンは、特別な攻撃はしてこない。

 しかし、全てが高水準。


「どっちが速いか勝負だな」


 どの道、俺は速度で勝負するしかない。

 いや、一部の防御に秀でた冒険者以外は、避けながら一方的に攻撃を与えるのが一般的だ。


 単純な身体能力だけで言えば、人間より魔物のほうが圧倒的に強いのだから。

 それこそ神話の時代に、魔物が人間よりも優位に立っていたくらいに。


「避けるのは限界だな……! “銀翼”“天駆”」


 足で敵わないなら、空に逃げるまでだ。


 “健脚”で跳躍し、“天駆”でさらに飛び上がった。


「ガゥウウウ」


 上空へ跳んだ俺を、サバンナライアンが睨みつける。


「ここまで来れないだろ」


 まあ俺も、ずっと飛び続けることはできないのだが。

 避け切れなくなったら空に逃げればいい、というだけでひとまず安心だ。


 そう思った矢先。


「ガウ!」

「ジャンプしてくんのかよ」


 やっぱ猫じゃねえか!


 まっすぐ跳躍してきたサバンナライアンの爪が、俺に迫る。


「けど、迂闊だったな。“鳥脚”」


 驚愕のジャンプ力だが、空中では自慢の足も使えず、自由に動けまい。


 素早く靴を脱ぎ捨て、スキルを発動する。

 滅多に使わない、“バレーイーグルの鳥脚”だ。両足を強靭な鷹の脚に変化させる。


 “銀翼”で軽く羽ばたき、爪を回避する。そしてサバンナライアンの背中側に回り、首と胴体を両足でがっちりと掴んだ。


「ガウ!?」

「離さねえよ」


 背後は攻撃できないのか、サバンナライアンは空中でもがくのみだ。


 俺は“鳥脚”の三本の指に力を入れ、サバンナライアンの首を締めあげる。

 重さで高度が落ち始めるが、落下まではあと数秒。これだけ時間があれば十分だ。


「“大鋏”」


 左腕を下に向け、鋏で胴体を挟んだ。


「終わりだ」


 速度に秀でた魔物の宿命か、防御力はそれほどではないらしい。

 身体が大きいから真っ二つというわけにはいかなかったが、“大鋏”の切断によって致命傷を与えることに成功した。


 地面にサバンナライアンを投げ捨て、“鳥脚”を解除しながら着地する。


「まだ命はありそうだな。“大牙”“吸血”」


 サバンナライアンの下は血で水たまりができているが、まだ目は死んでいない。だが、睨むばかりで抵抗する力はなさそうだ。


 俺は背中側から慎重に近づいて、首元に牙を突き立てた。


「いただきマス」


 口の中に血の味が広がる。

 “吸血”の力で、疲労がやや回復した。同時に……。


「“サバンナライアンの咆哮”を取得しました」


 よし、スキルが増えた。


 そういえば、“レイクサラマンダーの四肢”も試してなかったな……。合わせて、どこかで使ってみよう。


「一体で満足している場合じゃない。次だ」


 靴を履いて、次の魔物に狙いを定める。


 サバンナライノ……サイの魔物が、ちょうど俺を発見して突進してきた。

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