第66話 氷姫と執行者

 がたがたと揺れながら走る馬車。順調に進んでいるけど、中の空気が重い。


 ポラリスは腕を組んで怖い顔をしているし、対面に座るフェルシーは不気味な笑みで見返している。


 俺はというと、二人に挟まれるように中央で縮こまっていた。非常に肩身が狭い。


「エッセンから手を引きなさい。あなたの出る幕ではないわ」

「ボクは神官長の命令で動いているからね。言ってしまえば、旅神教会の総意だよ。迷宮都市を脅かす可能性のある“魔物の男”……エッセン様を常に監視する、っていうね」

「エッセンは人に仇名すようなことはしない」

「それはポラリス様が判断することではないよ」


 まさに一触即発。

 いつ殺し合いを始めてもおかしくない雰囲気だ。


 張りつめる緊張感に、冷や汗が止まらない。


 殺意を滾らせて睨み合う二人は、ともに上級だ。

 もし本気で戦い始めたら、この馬車くらい簡単に吹っ飛ぶだろう。


「馬車の中で暴れないでくれよ……?」


 つい、口を挟んでしまう。

 二人の視線が、同時にこちらに向いた。思わず身がすくむ。


「あら、暴れたりしないわよ。ただ仲良くお話しているだけだもの」

「そうだよ。旅神教会に逆らうなんて馬鹿なこと、ポラリス様がするわけないしね。そんなことしたら、処刑しちゃうもん」

「一介の神官が、私を裁けるとでも思っているの? この状況で冒険者の戦力を減らすなんて無能ね」


 仲良くお話……?

 俺には戦争中にしか見えないんですが。


 ポラリスとフェルシーの相性は最悪だ。


 偶然会えたのは嬉しいが、フェルシーが一緒にいる時に会いたくはなかったな……。

 それに、またポラリスに迷惑をかけてしまった。俺が疑われたことで、ポラリスにまで累が及ぶなんて。


 ウェルネスの時だって、俺を守るためにポラリスは一時言いなりになっていたというのに。


「はぁ。まあ、教会の言い分もわかるわよ」


 ポラリスがそう言いながら、肩の力を抜いた。それを合図に、空気が弛緩する。


「意外と理解あるんだね?」

「色々と情報は入ってくるわよ。私としても、魔神教会の脅威は無視できない。上級冒険者の責務としてもね」

「ふーん?」


 魔神教会の脅威。

 魔物を街に解き放つことができる奴らがいるなら、迷宮都市にとって……いや、世界の人々にとって脅威に他ならない。


 それは、ダンジョンによって保たれていた平穏が崩れることを意味する。


 魔物は、非常に強力だ。

 一般人では、フォレストウルフにすら勝つことは難しい。単純な生物としての膂力が違いすぎる。

 旅神のギフトを持って、初めて対抗することができるのだ。


 しかし、街には冒険者以外の人もたくさん暮らしている。


 技神のギフトを受けた職人たち。財神の商人に、豊神の農家……。他の神のギフトは、それぞれの職業に特化しており戦闘には不向きだ。


 もし魔物が街に溢れたら……彼らは逃げ惑うしかない。

 全員が改宗したら、今度は産業が滞る。


「魔神教会……絶対止めないと」

「じゃあ死んで?」

「なんでだよ……」


 まだ疑いは晴れていないらしい。


「旅神教会には最大限協力するわよ。でも……」


 再び、ポラリスの視線が鋭くなる。


「エッセンに危害を加えたら、教会ごと滅ぼすから」

「やってみる?」


 臨戦態勢に入った二人が、若干腰を浮かせた。

 その時……。


「馬車ぁ、急停止しまぁあす!!」


 御者の叫び声が響いた。

 しかし、馬車は急には止まらない。御者のスキルなのか急ブレーキがかかったが、慣性が残っている。


「“結界網”」

「“アイスバーン”」

「“健脚”“天駆”“銀翼”」


 同時にスキルを発動する。


 俺は二人を両腕に抱えて、馬車の後ろから外に飛び出した。


 宙を駆けながら、馬車を横目に見る。

 馬車の車輪は地面から生えた氷によって固定され、完全に停止されていた。

 御者と馬は、結界で作られた網によってキャッチされ、ケガはない。


「すごいな……」


 馬車の中からは外なんて見えないのに、恐ろしい判断力と精密性だ。

 俺は中の二人を助けるので精一杯だった。


「考えてみれば、そもそも助ける必要なんてなかったか?」


 “銀翼”で落下速度を落としながら、そう呟く。

 二人とも、俺が助けなくても勝手に対応した気がする……。


 地面に降り立ち、二人を下ろした。


「ありがとう。さすがね」

「飛べる人間なんていないよね? やっぱ魔物だ」


 この程度で褒められても恥ずかしいだけだな……。

 フェルシーは無視。ていうか、飛べるスキルはあるだろ。


 そんなことより、なぜ馬車が止まったのか……。


「あれは……ッ」


 その疑問は、すぐにわかった。


「魔物です!」


 結界網の中で、御者が叫んだ。


「氾濫がぁ、起きましたぁ!!」


 馬車の進行方向……。

 ダンジョン外のはずの街道に、大量の魔物が闊歩していた。

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