第64話 突破口

「やれることは全部試してみるか」


 再生に限界はあるのか?

 短時間でいくつも傷をつけた場合は?

 首を切断しても再生するのか?


 まだ試していないことはたくさんある。


「フェルシーに戦う気はないようだし……」


 ちらっと、フェルシーを見る。

 視線に気づいた彼女は、結界で作った透明の長椅子に寝転がったままひらひらと手を振った。結界は自分を囲うように展開するのみで、手伝う気はなさそうだ。


 ずいぶんと余裕な様子だ。いや、実際余裕なのだろう。


「まあ、いいか。このタイプのボスなら、一人でも勝機はある」


 幸い、即座に負けることはなさそうだし。

 あとは再生力を超える攻撃力を叩き出せるかどうか。それに全てかかっている。


「頭も再生できるか?」


 “大鋏”で首を狙う。

 なんの抵抗もなく、鋏は閉じられた。

 さすがに太い首を完全に切断することはできなかったが、半分ほどぱっくりと開いた。これが普通の動物なら、首の骨まで切れているだろう。


 だが……。


「あっさり治るのな……」

「ウル」


 だが、足よりも再生が遅そうだ。


 何事もなかったかのように、レイクサラマンダーが突進してくる。


「“空砲”」


 数歩ほどバックステップ。リーフシュリンプの鋏を右腕に纏いながら、レイクサラマンダーに向ける。

 そして、顔面に空気の衝撃波を放った。


「ウル……」


 一瞬、レイクサラマンダーの動きが鈍る。若干、気絶したかのように白目をむいた。

 しかし、次の瞬間には気にせず動きだしていた。


「次だ。“鋭爪”」


 慌てず、鋏を爪に戻す。


 今度は手数で勝負だ。


 レイクサラマンダーの周囲を“健脚”で素早く駆け回りながら、無数に傷つける。


「よし、よく動けてる」


 身体が軽い。

 レイクサラマンダーの遅い攻撃なんて、当たる気がしない。


 “大鋏”は威力こそ高いが、小回りが効かない。スピード重視なら、爪のほうがいい。


「再生が追いつかないくらい攻撃してやる」


 誰も倒せない魔物というわけじゃないんだ。必ず、限界はあるはず。


 “刃尾”で切る。治る。

 “鋭爪”で切る。治る。


 すぐに塞がっていく傷を尻目に、ひたすら切り続けた。

 次第に、俺の動きも最適化されていく。最小限の動きで、より深い傷を、より多く。


 わずかな差だが、傷が深ければ深いほど治るのに時間がかかる。傷が多くても同様だ。

 しかし、まだ限界は訪れない。


「“邪眼”“毒牙”」


 こうなれば総力戦だ。

 頭を石化させ、ダメ押しで毒を流し込む。


 それでも、レイクサラマンダーを倒すには至らなかった。


「なるほど……」


 少し離れて、一息つく。

 どれだけ戦っただろうか。ひたすら攻撃し続け、百を超える傷を与えたというのに……レイクサラマンダーは傷一つない元気な姿だ。


 中級冒険者が挑む魔物じゃない。そう言われた理由がよくわかった。


 単純に火力が足りない。

 中途半端な攻撃ではすぐに再生されてしまう。なるほど、これは今までにない強さだ。


 仮に複数人のパーティだったとしても、この速度で回復してしまうなら相当上手く連携しないと無意味だ。


「キースだったら余裕だったかもな」


 あいつ、火力だけはあるし。


「……キースに負けてると思うと悔しいな」


 どれだけ続ければ勝てるだろうか。

 いや、闇雲に続けても仕方がない。限界が本当にあるのかもわからないんだから。


「でも、他にスキルは……」


 今まで頼ってきた多種多様な攻撃スキル。それらを工夫して使い、魔物を撃破してきた。

 しかし、そのどれもが通じない。

 他には移動や防御のスキルしか……。


「いや、一つだけあったな」

「ウルルルルゥウウウ!」


 再び、レイクサラマンダーが突進してきた。相変わらず遅いままだが、最初からまったく衰えていない。

 対して、こちらは疲弊している。


 このまま倒せなければ、喰われるのは時間の問題かもしれない。


「ぶっつけ本番だが、やるしかないな」


 ぐっと腰を落とし、レイクサラマンダーを迎え撃つ。


「ウルルゥウウ!」

「右腕に“鱗甲”それと……“レイクエレクトロニクスの雷掌”」


 今日手に入れたばかりのスキルだ。

 すぐにフェルシーと会ったので、試す暇もなかった。


 だが、俺の予想が正しければ、雷撃のスキルだ。


 バチッ、と、俺の右腕に電気が走る。

 事前に“鱗甲”を右腕だけに纏ったおかげで、俺にダメージはない。


「これならどうだ!」


 レイクサラマンダーの突進に合わせて、右手を突き出した。


 手のひらの硬い部分で、レイクサラマンダーの頭を殴りつける。


「ウルゥ……」


 びくんとレイクサラマンダーの身体が痙攣して、動きが止まった。


「まだだ!」


 そのまま、電撃を流し続ける。

 指先が痺れ、少し痛い。あまり長時間は使えなそうだな……。

 “鱗甲”も、今の俺では負担が大きい。長期戦は不可能だ。


 だから、ここで決める。


「“星口”」


 “雷掌”を使いながら、同じ手に“星口”も発動する。手のひらに現れた口が、レイクサラマンダーの頭を貪る。


『スキル“レイクサラマンダーの四肢”を取得しました』


 よし、こっそりスキルもゲットだ。


 “星口が開けた穴から、腕をどんどん深くまで刺していく。

 電撃を流し続けているから、レイクサラマンダーは動かない。再生した側から、常に攻撃を浴びせる。


 体内を“星口”で喰らい、電撃で焼く。


 しばらく続けていると……。


『ボスが討伐されました』

『初攻略報酬として“マジックボトル”を取得しました』


 旅神の声が脳内に響いた。


「よしっ!」


 思わずガッツポーズ。

 今までで一番時間がかかったな……。


「終わったぞ」


 フェルシーに声をかける。

 戦闘に夢中で忘れていたが、俺今監視されてるんだよな……? がっつりスキルを使ってしまった。まあ、今さらか。


「これで認めてもらえたか?」

「うん。エッセン様は立派な魔物だね。認める」

「人間だと認めてくれよ……」


 フェルシーが結界を解除して、欠伸をしながら歩いてきた。


「そうだ、これ。報酬のマジックボトルは、冒険者じゃないともらえないだろ?」


 マジックバッグと同じで、ボス攻略者しか使えないアイテムだろう。

 一見すると、普通の革製の水筒だ。しかし、驚くほど軽い。

 蓋を開けてみると、中は空だった。


 まさか報酬がただの水筒なわけがない……。試しに傾けてみると、空だったはずなのに水が流れてきた。


「これでダンジョンでも水に困ることはないな。ほら、これが冒険者の証だよ」

「ふーん」

「こんな便利なもの、全員にくれたらいいのにな」

「旅神の力だって無限じゃないんだから、将来性のない冒険者にまで配るわけじゃないじゃん。なに、もしかして旅神の否定? 処刑するよ」

「そりゃそうか」


 口癖のように処刑するとか言うなよ、怖いな……。


「じゃあ、一緒に迷宮都市に帰ろ。エッセン様」

「監視終わりじゃないのか?」

「まさか」


 スキルは取り終えたしボスも攻略したので“淡湖”に残る理由はないが……まだフェルシーと一緒にいなきゃいけないのだと思うと、気が滅入るな。


 仕方なくともにダンジョンを出て、ユアのところで食事を摂った。

 そして宿で一泊してから、帰りの馬車に乗る予定だ。


 ちなみに、さすがに部屋は別にしてもらった。いつ殺されるかわからないのに眠れるわけない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る