第63話 レイクサラマンダー
足首まで浸かる程度に水のある、光の差し込む洞窟。
奥からは這うように現れたのは、桃色の巨大な魔物だった。
トカゲのような見た目に、カエルのような湿った皮膚。顔は丸く、六本の棘のようなものが生えていた。口は人間など簡単に丸呑みできそうなほど大きい。
レイクサラマンダー……“静謐の淡湖”のボスである。
「これがDランクダンジョンのボスか……」
ボスの強さは、だいたい二ランク上の魔物と同等とされている。
つまり、Bランクダンジョン……上級クラスの強さということだ」
ボスについては、名前くらいしか情報が集まらなかった。
中級にもなると、ボスへ挑戦する人が激減するからだ。そもそも情報を持っている人が少ない。
聞いたのは、一つだけ。
あれは中級が挑む魔物じゃない――。
「どうしたの? この程度のボスでびびってるんだ」
「そりゃお前からしたら大した魔物じゃないかもな」
「そうだよ。手伝わないけどね」
「……じゃあなんで連れてきたんだよ」
中級になったばかりの俺が挑むには、時期尚早かもしれない。
実際、まだ挑むつもりはなかった。
フェルシーに促されてここまで来てしまったが、ボスエリアに入った以上、戦うしかない。
「これも見極めの一環だよ。エッセン様が敵かどうか、ね」
「ボスと戦って、どうやって見極めるんだ?」
「さあね。もしくは、そのまま食べられちゃってもいいけど」
「あわよくば死んでくれってことか……?」
こいつ、やっぱ信用できないな。
旅神教会に逆らわないように、というのは冒険者にとって常識だ。彼らに目を付けられた冒険者は、まず無事では済まない。よくて庇護下からの追放、悪ければ死刑だ。特に迷宮都市においては、それだけの権力がある。
今さら逃げられないけど……なんとか疑いを晴らさないとな。
俺に、こんなところで立ち止まっている暇はないんだ。
ギフトは変えられない。だから、俺が正しく冒険者であり、魔物の仲間なんかじゃないことを証明する必要がある。
「考え事なんてしてる余裕あるの?」
フェルシーの声に、ぱっと顔を上げる。
「ウルルルルゥウウウ」
ちょうどレイクサラマンダーが甲高い声を上げながら、突進してくるところだった。
短い足を懸命に動かして、洞窟の中央を走っている。しかし、動きはそこまで早くない。
「“健脚”“刃尾”“鋭爪”」
冷静に、まずは使い慣れたスキルを発動する。
足元に水はあるが、水位は浅い。若干動きにくいが、“叢雨の湿原”ほどじゃないので、気を付けていれば戦闘に問題はないだろう。
俺目掛けて一直線でくるレイクサラマンダーの突撃を、“健脚”で右に跳ぶことで軽くかわす。すれ違い様に、刃尾の先で切りつけた。
尻尾から、ゴムを切り裂いたような感覚が伝わってくる。
「え、こんな遅いのか……? なんか拍子抜けだ」
回避した俺の横を通り過ぎていった後、ゆっくりと停止した。そして戦闘中とは思えないほどのっそりとした動きで振り返った。
おかしい。遅すぎるし、今のところ身体が大きいこと以外に脅威を感じない。
Eランクのボスであれば、石化の光線を飛ばしたり、空を駆けたり、衝撃波を放ってきたり……それぞれ特殊能力がある上、身体能力も高かった。
単純な戦闘力だけ比べても、レイクサラマンダーはEランクダンジョンのボスにすら劣っているように感じる。
「いや、油断するのはまだ早い。……次はこっちからだ」
あの速度なら、攻撃をもらう可能性は低そうだ。
だが、ボスがこの程度なはずがない。小手調べとして、今度はこちらから攻撃する。
「ウルル」
「はっ!」
カウンターにも対応できるよう慎重に距離を詰めながら、“鋭爪”で側面から切りかかる。
レイクサラマンダーは避けようという素振りもなく、俺の爪を胴体に受けた。防御力があるのかと思えばそんなこともなく、爪はあっさりと皮膚を裂いた。
「なんでこんなに弱――あ?」
さっきとは違い、攻撃後も近くにいたから気が付いた。
“鋭爪”がつけた深い傷が……綺麗に再生したのだ。攻撃してから、一秒も経っていない。
「再生能力か!」
この調子だと、“刃尾”の傷もとっくに塞がっているだろう。
「ウルル?」
まるで効いていないのか、レイクサラマンダーは呑気な顔でこちらを見つめた。
そのまま、大口を開けて食らいついてきた。
「爪がダメなら……“大鋏”」
リーチがなく挟むという不便な攻撃方法だが、最も威力が高いスキルだ。
今までに切断できなかった魔物は、ヴォルケーノドラゴンしかいない。
「遅い!」
レイクサラマンダーの口を右に避けて、“大鋏”を向ける。そのままの勢いで、前足の付け根を切断した。完全に切り離された足が地面に転がる。
「ウル~」
足を一本失ったレイクサラマンダーの動きが、さらに鈍くなった。
「さすがに切断すれば……」
そう思ったのも束の間。
断面から肉が盛り上がってきたかと思うと、わずか一秒ほどで足が生えてきた。完全に元通りで、すでにスムーズに動いている。
「ウル」
レイクサラマンダーは感覚を確かめるように足を動かすと、また突進してきた。
決して強くはない。
だが……。
「負けないけど、勝てない」
俺は“大鋏”を解きながら、下唇を噛んだ。
切断してもすぐに再生してしまう。なるほど、Dランクのボスに相応しい能力だ。
どれだけ攻撃しても倒せないなら、動きが遅くても、相手が疲弊したころに食べればいい。そういう魔物なのだろう。
「再生できなくなるまで攻撃するしかないか?」
果たして、再生に限度はあるのだろうか。
これが普通の生物なら、再生にはなにかしらのエネルギーを使っているはずだ。だが、魔物にそんな常識は通じない。もしかしたら、永遠に再生し続けられる可能性もある。
「試してみるしかないな」
長期戦になりそうだ。
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