第62話 フェルシーの戦い方
“鰭脚”と“水かき”で、水中を苦もなく進んでいく。
そういえば、“エアボール”を付与してもらっていなかったけど、フェルシーはどうするのだろう。
ふと気になって振り返ると、フェルシーがなにやらスキルを使った。
「あれは!?」
“鰓孔”のおかげで水中でも声を発することができるが、彼女には届いていないだろう。
同様に、フェルシーの声も俺には届かない。
なぜなら、彼女の周りには水中にも拘らず、空気が残っているからだ。
“エアボール”ではない。まるでガラスに囲われているかのように、フェルシーは空気の箱の中に立っていた。
「結界……か?」
非常に珍しいが、魔法系の中には結界術と呼ばれる、透明の障壁を使うギフトもあると聞いたことがある。
「……」
フェルシーは結界の中で、ぱくぱくと口を動かした。そして、手でダンジョンの先を指差す。
なにも聞こえないが、早く行こう、といったところか。
「わかった」
俺は頷いて、再び水を蹴った。
結界で空気を確保できることはわかったが、あれで移動できるのだろうか?
その心配も、すぐに杞憂だと気付いた。
「なんだあれ……。結界を動かして漕いでるのか?」
結界は、ただ壁を作るだけだと思っていた。
だが、フェルシーの結界から伸ばされた数枚の結界が、まるで船のオールのように水を掻いて、推進力を得ている。
ずいぶんと器用に動くようだ。なるほど、これならばまったく問題ないだろう。
そのスピードはかなり速く、自由に動けるはずの俺がついていくのに必死だ。
一直線にダンジョンの奥へ向かう。
「レイクシール……!」
アザラシ型の魔物が、俺とフェルシーに狙いを定めて突進してきた。
「“刃尾”」
一度は倒した相手だ。
対応しようと、スキルを発動した、その時。
「……は?」
レイクシールが、なにかに切り裂かれバラバラになった。
煙のように、血液が水中に広がる。
文字通り一瞬の出来事だった。
フェルシーが俺を見て、にっと笑う。
「攻撃もできるのかよ……」
結界術、万能すぎる。
いや、フェルシーがおかしいだけかもしれない。本来、防御がメインの魔法だったはずだ。
続いて、レイクフィッシュも現れた。
俺は油断なく構えながら、フェルシーの動きを見る。
彼女自身は指先一つ動かしていない。
動いたのは、結界だ。
ナイフよりも薄く細い透明の結界が伸びて、鞭のようにしなりながらレイクフィッシュを切り裂いたのだ。
「速い……それに、なんだその威力は」
レイクフィッシュもレイクシールも、決して弱い魔物ではない。
それが一瞬で……。これが上級の実力か。
上級の戦いを間近で見たのは初めてだ。
ウェルネスとは戦ったが、あいつは戦闘に長けたギフトではなかったし、炎の効かない俺は相性がよかった。それに、防御はポラリスに任せていたから、ほとんど届かなかった。
「追いつかないとな……!」
俄然、やる気が出てきた。
正直フェルシーの同行は嫌でしかなかったが、上級の戦いを観察できるというのはよかったかもしれない。
「負けてられない……“鋭爪”」
さらに速度を上げ、爪を出す。
少し遠くにいるレイクシールに全速力で近づいて、そのままの勢いで切り裂いた。
機動力を手に入れた今の俺は、レイクシールよりも速い。
苦もなく、レイクシールを倒すことができた。
「“星口”」
こっそりスキルを使って、忘れずにレイクシールを喰らう。
まだスキルレベルを上げ切っていないのだ。もったいない。
だが、堂々と食べるところを見られるわけにはいかない。
魔物を喰らう、というところは隠したほうがいいだろう。
最初は微妙なスキルだと思っていたが、“星口”があってよかった。まさか手で食べているとは思うまい。もしかしたら、手で吸収していると思われるかもしれないが……食べるよりマシだ。
「よし、この調子でいこう」
案外、フェルシーとの攻略を楽しんでいる俺がいた。
まあ、今も俺への殺気マシマシなんだけども。
そのあと、十体ほど魔物を倒した。
フェルシーとともにダンジョンを進んでいるうちに、三体の魔物のスキルはマックスになった。大きな変化はないが、動きやすさが多少増した気がする。
最奥付近までたどり着いた時、フェルシーが俺を見てなにか合図した。
彼女が指さすのは、水中の洞窟だ。
事前に集めた情報通り……ボスエリアだな。
俺はこくりと頷いて、先に洞窟に入る。
暗い洞窟を進むと、途中から上に上がるようになっていた。頭上の太陽光を目印に、まっすぐ浮上する。
これ、泳げなかったらどうやってくるんだろう……。
やがて水面が見えてきた。
『ボスエリアです。ボス戦を行いますか?』
「はい」
『ご武運を』
旅神の激励を聞きながら、水面から顔を出した。
空気がある。洞窟の中に、こんな場所があったんだな。
「泳ぐの上手だね、エッセン様。まるで魔物みたい」
「だろ。人間にしては上手いんだ」
空気があるので、フェルシーとも普通に話せる。
そして、二人で洞窟の奥に視線を向けた。
現れたのは……。
「ウルルルルゥウウ」
レイクサラマンダー。
ウーパールーパーの魔物だった。
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