第61話 再びダンジョンへ

 フェルシーの監視をどうするか……。

 それを考える前に、まずは腹ごしらえだ。


 対面に座るフェルシーは、にこにこしながら俺を見つめている。可愛らしい顔付きなのに、どこか恐ろしい。


 少し待つと、ユアが料理を持って戻ってきた。


「お待たせしました! 野菜と魚介のスープです!」


 器に入った料理を、俺の前に置いた。

 さすが農業が盛んな地域だ。川魚とともに、色とりどりの野菜が煮込まれている。一緒に、パンも並べられた。


「あ、ボクにも追加ちょーだい」

「……まだ食べるのか?」

「育ち盛りなんだ」


 俺が来るまでも相当食べていた気がするが……。


 ユアが「はーい!」と元気に返事した。そのまま、俺にそっと耳打ちする。


「彼女ですか?」

「勘弁してくれ。まじで」


 彼女どころか、俺を殺そうとしている人です……。


「よかったです。パンのおかわりもあるので、声かけてくださいね!」


 そういえば、エルルさんにもユアが彼女か聞かれたなぁ……。なんて懐かしく思いながら、パンをスープに浸す。

 そして野菜と一緒に、口に放り込んだ。


「うん、美味い」


 新鮮で旬な野菜は、やっぱり美味いな。

 迷宮都市には色んな店があるが、その土地ならではのものを食べられるのは遠征のいいところだ。

 目の前に殺意全開の奴が座ってなければ、もっと美味しかったと思う。


 やや緊張しながら、食事を終える。


 立ち上がりながら、まだ食べているフェルシーに声をかける。


「俺はダンジョンに戻るけど」

「ボクも行くよ」


 彼女は即答しながら、残った料理を恐ろしいスピードで平らげた。

 今食べた量だけで、大人十人分くらいある気がする……。


「勝手にしてくれ……」


 もう逆らうのも面倒で、適当に答える。


 俺にやましいことはなにもない。

 少々特殊なギフトを持っているだけの、善良な冒険者である。


 疑われているからといって、行動を変える理由はない。

 俺には、冒険者ランキング一位になるという夢がある。のんびりしている暇はないのだ。


「“エアボール”つけなくていいのか?」

「うん、平気~」


 水中ダンジョンである以上、なにか呼吸を可能にするスキルや魔法を使わなければ、活動することはできない。

 だがフェルシーは、ユアに“エアボール”を頼むことなく、そのままついてきた。


『ご武運を』


 旅神の声を聞きながら、ダンジョンの中に入っていく。


「神官もダンジョンに入れるのか?」

「うん。旅神のギフトをもらってるのは一緒だから」

「一応冒険者ってことか」

「そうだね。冒険者ランキングには載らないけど」


 下級冒険者の時は旅神教会に関わることはほとんどなかったので、詳しいことは知らなかった。

 ……いや、普通は中級でも関わらないか。犯罪でも侵さない限り。


 水に潜ろうとして、踏みとどまる。


「……どうしたの? ボクのことは気にせず、使いなよ。どうせバレてるんだからさ」

「……そうだな。“鰓孔”“鰭脚”“水かき”」


 “静謐の淡湖”で新たなスキルを含めて、水中移動に特化した形態になる。

 水中で呼吸しながら、自由自在に動くことができる。


「へえ、すごいね」


 俺のそんな姿を見て、にやりと笑った。

 リュウカだったら、大興奮しながら触ってきただろう。

 でもフェルシーは、俺を訝しむような目だ。


「それ、“淡湖”の魔物だよね? てことは……鋏と尻尾とかを出すスキルじゃなくて、ベースとなる魔物がいるってことだよね。まるで、魔物をコピーしていように」


 たった一瞬でそこまで気が付くとは、察しが良すぎる。


「身体を動物のように変化させて戦う冒険者は他にもいる。でも、エッセン様のは明らかに魔物だよね?」


 というか、迂闊だった。

 どこまでバレているのかわからないのだから、もう少し慎重になるべきだったかもしれない。


 だが……冒険者として上にいくためには、どの道避けては通れない。

 これから先ずっと、戦っている姿を誰にも見せないなんて不可能なんだから。


「まあな」

「認めるんだ」

「旅神にもらったギフトだ。誇ることはあっても、後ろめたく思う必要はない」

「本当に旅神のギフトだったらね」


 まだ認めていないらしい。


「魔物は人類の、そして旅神の敵だよ。魔神が生み出した眷属。なのに、旅神が魔物の力を取り入れると思う?」

「俺に聞かれても……実際、俺は使えてるわけだし」


 この調子だと、疑いを晴らすのは時間がかかりそうだ。

 魔物を喰らって能力を得ることがバレたらもっとやっかいなことになりそうだな……。まさしく、魔物を体内に取り込む行動だ。そんなの、自分のことじゃなかったら俺でも怪しむ。だからこそ、これまで隠してきたわけだし。


「早く行こうよ。エッセン様が本当に冒険者なら、魔物を倒してくれるよね?」

「当然だ」

「せっかくだからボスも倒そ」


 フェルシーに手を引かれ、“淡湖”に潜った。

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