第60話 監視

「こっち座りなよ。ゆっくり話そう?」

「……いや、俺は」

「逃げられると思わないでね」


 フェルシーに促され、渋々彼女の前に座る。


「ここの料理美味しいよ。おすすめ」


 フェルシーという少女は、旅神教会の神官だ。

 彼女と出会ったのは一度きり。“潮騒の岩礁”の宿場町でリーフクラブが暴れるという大事件の際、その収拾を付けるために派遣されたのが彼女だった。


 事件の解決に関わった俺は、彼女に事情聴取を受けたのだった。


 その時に言われた言葉は、忘れもしない。


――もし魔物の身体を持つ人間なんていたら、処刑しないといけないからね。


 あの時から、俺のことを疑っていたのだろうか。

 そして今日、わざわざ俺の前に姿を現したということは……。


「改めて、ボクはフェルシーだよ。エッセン様を監視するために来たんだ」

「ずいぶんと直接的な言い方だな」

「隠しても仕方ないからね。なぜ監視されるかは……自分でもわかってるでしょ?」


 不思議な雰囲気の少女だ。

 あどけない顔付きなのに、ぞっとするほど鋭利で冷たい空気を纏っている。


 綻んだ口元も、目が笑っていないせいで恐ろしい。


「……覚えがないな」

「ざんねん。今回は誤魔化されてあげるわけにはいかないんだ。魔物の力を使ってヴォルケーノドラゴンを倒す……そんなことをした冒険者だからね」


 フェルシーは猫のような大きな瞳を向けて、にやりと笑う。


 ヴォルケーノドラゴンと戦った際、俺は人目を気にせずスキルを使っていた。気にする余裕なんてなかったからな……。

 当然、目撃者はたくさんいた。だから、旅神教会にバレるのも時間の問題だっただろう。


「どうしてここがわかったんだ?」

「んー? エッセン様って迷宮都市の馬車を使ったでしょ?」

「そりゃ、結構な距離あるし……」

「どこ行きの馬車に誰がいつ乗ったかは、全部記録されてるんだ」

「なるほど」


 冒険者の所在地は概ね把握できるというわけか。

 運営しているのが迷宮都市である以上、そのくらいは簡単だろう。


「しかし、監視か……。別に、俺にやましいことはないんだけど」

「それはエッセン様が決めることじゃないよ。魔物になれるってだけで、十分監視するに値する。……ううん、今すぐ処刑してもいいくらい」


 相変わらず、人の死に対する認識が軽いな……。もしくは、人だと思っていないのか。


 たしかに、俺は身体の一部を魔物にすることができる。

 たとえば“大鋏”であれば腕が完全にリーフクラブになっているし、“刃尾”など身体から直接部位が生えるものもある。

 魔物になれる、という表現が適切なのかはわからないけど、疑われる理由はよくわかる。だから隠していたわけだし。


 キースやポラリスは、戸惑いながらも受け入れてくれた。それは、俺個人との繋がりがあったからだ。リュウカは例外だ。

 ヴォルケーノドラゴンとの戦闘に居合わせた冒険者たちは、一緒に危機を乗り越えたという空気感によって流してくれた。


 だが俺のことを知らない他人からしたら、恐ろしい力に違いない。


「……俺のこの力は、旅神のギフトによるものだ。旅神教会から咎められる謂れはないな」


 そう、いかに見た目が魔物でも、このスキルは旅神から授かったギフト“魔物喰らい”によって得たものだ。


「簡単に信じられると思う?」

「その証拠に、俺は結界を通り抜けてダンジョンに入れる」

「敵は魔物を町中に解き放てるんだよ? 結界が完全ではないことは、エッセン様もよくわかってるでしょ?」

「……旅神教会なら、俺のギフトを調べたりできないのか?」


 “魔物喰らい”の名前とギフトの効果……それさえ証明できれば、俺の無実は伝わると思うう。


 旅神教会は冒険者に対して絶対的な権力を行使できる存在だ。敵に回しても損しかない。

 もしギフトを剥奪されたり、フェルシーの言うように処刑されたりしたら……俺の夢はここで潰えることになる。


 上級冒険者になり、ポラリスの隣に並び立つという夢が、ここで終わってしまうのだ。


 なんとしても、無実を証明する必要がある。


「できないんだよね。旅神教会ができるのは、あくまで教徒の管理だけ。冒険者と旅神の間のやり取りには介入できないよ」

「案外不便なんだな」

「うん。だから、怪しかったら処刑しちゃったほうが早いんだ」


 ぞっとするほど冷たい声で、そう言った。


 ……彼女にとって、俺はいつ殺してもいい相手なんだろうな。

 生かしておく理由がなかったらあっさり殺す。そういう目をしている。


 こんなところで死にたくない。しかも、ダンジョンで死ぬのではなく、人間に殺されるなんて。


 抵抗すれば勝てるか?

 一瞬、考えがよぎる。しかし、この小柄な少女に勝てるイメージが一切湧かない。


「やめときなよ。ボク、これでも上級だから」


 俺の心を見透かしたように、フェルシーが呟く。

 視線は料理に釘付けになっているのに、隙が一切ない。


「でも安心して? ボクとしては今すぐ殺してもいいんだけどね、一応監視ってことになってるから。神子様とギルドマスターのおじさんに感謝だね」

「ギルドマスターと……神子様……?」

「旅神教会としては、エッセン様は即刻捕らえて尋問するつもりだったんだよ。でも、二人が反対したんだ。だから、仕方なくボクが監視につくことになった」


 ギルドマスターは冒険者ギルドのトップだ。直接会ったことはないが、存在は知っている。

 けど、神子様とやらは知らない。フェルシーに教える気もなさそうだ。


「だからさ、殺されないだけ温情だと思って、諦めるといいよ」

「……ちなみに、監視ってなにをするんだ?」

「しばらくボクが一緒に行動するだけだよ。やましいことがないなら、問題ないよね。もちろん、魔神教会側だとわかったらその場で殺すけど」

「俺はソロが好きなんだけどな」

「可愛い女の子とパーティを組めるなんて運がいいね」


 見た目通り中身も愛らしかったら、どれほど良かったか。


 これから始まる面倒を考えると、喜ぶ余地はなかった。

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