第59話 さらに再会
水中ダンジョン“静謐の淡湖”から出た俺は、ユアが働く小屋に戻って来た。
ダンジョン周りに並ぶこの簡素な店は、小規模ながらもダンジョン攻略に欠かせない役割を果たしている。
水中での呼吸を可能にする“エアボール”を付与することだってそうだし、俺は買わなかったが水中に対応した装備なんかも販売しているようだ。
また、食事を摂ることもできる。
「あっ、エッセンさーん!」
俺を遠目で見つけたユアが、手を振りながら声を張り上げた。
弾けんばかりの笑顔が眩しい……。野蛮なダンジョン攻略から戻った時にこのような少女に出迎えられれば、誰だって嬉しい気持ちになる。
その証拠に、彼女の店には数名の冒険者が集まっていた。
湖は広かったから気が付かなかったけど、意外と人数がいたんだな。ざっと見たところ、十名ほどの人数だ。
みんなぴっちりと身体に張り付く水中用の防具を付けていることが特徴的で、なかなか珍しい光景だと思う。
俺も似たり寄ったりの装備なので、人のことは言えないけど。リュウカが作った自動修復機能付きのインナーをそのまま流用できたので、機能性もばっちりだ。
「遅かったですね。心配しましたよ~」
駆け寄って来たユアが、ほっと息をつく。
“エアボール”が割れた後も、“鰓孔”で呼吸できることをいいことに遊泳してたからな……。魔物との戦闘こそしていないが、水中に完全に適応したことが嬉しくてつい時間が過ぎてしまった。
「心配かけてすまん」
「いえ、無事ならいいんです! でも、“エアボール”の効果時間過ぎてませんか……? あれがないと、ダンジョンの中で窒息しちゃいますよ」
「あー……っと、実は俺も、水中で呼吸できるスキルが使えて」
まさかエラがあるとは言えず、咄嗟に表現を変える。嘘ではない。
空を見てみると、たしかにユアが言っていた効果時間を大幅に過ぎている。なるほど、心配になるわけだ。普通の人間は、水中で呼吸をすることはできない。
そう考えると、俺たち冒険者はこの小さな少女に命を握られているわけか……。つくづく、冒険者はサポートなしでは活動できないのだと思い知る。
「えー! それならそうと最初に言ってくださいよ。私、本当に心配したんですから。母と私の命の恩人が、私のせいで死んじゃったかもって……」
「まじでごめん。使うのは初めてだったというか、ダンジョンの中で初めて使えるようになったというか」
「新しくスキルが発現したってことですか……? むう、それなら仕方ないです」
割と行き当たりばったりで生きているので……。
レイクフィッシュのスキルが“鰓孔”だとは取得してみるまでわからなかったし、これまでの魔物もそうだ。考えてみれば、スキルを取得できなかったら危険だった場面は山ほどある。
「でも、それじゃあ私の魔法はもう必要ないですね……」
「え?」
「だって、エッセンさんは自分で水中呼吸できるんですよね? せっかく恩を返すチャンスだったと思ってたのに、これじゃあ返せないです!」
「恩なんて感じる必要はないぞ。もうお礼の野菜は貰ってるし、俺が勝手に助けただけだから。むしろ、俺が助けてもらった側だから」
今の俺があるのはユアのおかげだ。本人は知らないだろうけど。
彼女がフォレストウルフに襲われているところに居合わせなければ、“魔物喰らい”の真の使い方に気づくことはなかったと思う。生きたまま魔物に噛り付こうなんて発想、普通は出てこない。現に、四年間気が付かなかったわけだし。
だから、逆なのだ。
俺にとってユアこそが恩人で、俺をここまで引き上げてくれた人物だ。だから、恩に感じる必要は本当にないんだよな。
「私がエッセンさんを……?」
「……まあ、それは知らなくていいことだから。ともかく、俺が助けたことは気にしないでくれ」
「優しいんですね。でも、エッセンさんがいらないって言っても勝手に返しますから!」
ユアは満面の笑みでそう言った。
その瞳は純粋で、真っすぐ俺を見つめている。
くっ、こんな純粋な子に隠しごとをしているみたいで、非常に心苦しい……っ。
でもまあ、俺が全身を魔物化させる化け物だと知ったらドン引き間違いなしなので、隠しておこうと思う。
「それとも、迷惑ですか……?」
「いや、迷惑なんかじゃ……。そうだな、なら、上手い飯でも作ってくれ。もちろん料金は払うよ」
「それなら任せてくださいっ。新鮮な野菜と川魚が豊富なので、ここのご飯は美味しいですよ!」
こっちです、とユアが俺の手を引いた。
それを見て元気だなぁ……と思ってしまうあたり、俺はそろそろ歳なのかもしれない。
いくつか並ぶ小屋の一つが食事処になっているようで、外に並べられた椅子とテーブルは冒険者たちでごった返していた。
「すぐ持ってきますから、待っていてくださいね」
「ああ、わかった」
ユアはそう言って、小屋の中に入っていく。
さて、どこか空いている席は……と見渡したところで、冒険者たちの視線が一か所に集まっていることに気が付いた。
「おいおい、あの子すごい食べっぷりだな」
「もう十杯は食べたか? 細いのにどこに入っているんだ……」
「たくさん食べる子っていいよな……。そんなレベルじゃない気もするけど」
周囲から、そんな話し声が聞こえてくる。
釣られて俺も視線を向けると、そこにはどこか見覚えのある少女がいた。
両手にパンを持ち、頬はぱんぱんに膨れている。
「あいつは……!」
俺が目を見開いたのと同時に、彼女も俺のほうを見た。
視線が交差する。
彼女はパンを置いて、立ち上がった。
「ふぁふぁふがが」
「なに言ってるかわかんねえよ……」
少女はのんびりと咀嚼して、口の中身を呑み込んだ。
頬についたスープを指で取り、ぺろりと舐めてから、改めて俺を見る。
「やほ、探したよ。エッセン様?」
そう言って、俺の前に進み出た。
さっきまでの光景が嘘のように思えるほど、その立ち姿は美しい。光り輝くスカートの短い法衣に銀の装飾、対照的に光を吸い込む、黒いボブカット。
「……フェルシー」
「覚えていてくれたんだね」
そこにいたのは、リーフクラブが脱走した事件の際に出会った、旅神教会の神官……フェルシーだった。
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