第55話 再会

 “静謐の淡湖”は、とある農村地帯にあるダンジョンだ。

 馬車での移動で一日潰れるので、“岩礁”に行った時のように泊まり込みになる。


 朝早く出て、夕方に宿場町に到着。その後、宿で一泊した。


「よし、ダンジョンに行くか!」


 朝起きて宿で朝食を取った俺は、意気揚々と歩きだした。

 ちなみに、農村地帯だけあって野菜が新鮮で美味しかった。


「たしか、湖がダンジョンになってるんだよな……」


 事前に軽く情報を集めてきたものの、詳しくは知らない。

 他の冒険者に聞くと、現地に案内人がいるから大丈夫という話だった。


 町を出て、舗装された森の中を歩く。

 少し歩くと、鬱蒼とした木々だけだった視界が一気に開けた。


「おお……!」


 向こう岸が見えるくらいの小さな湖だ。

 水面がキラキラと輝き、背景の山と空が逆さまに映し出されている。

 波はほとんどなく、穏やかだ。


「絶景だ」


 中に危険な魔物が潜むとは思えないほど、美しい光景だった。


 ほとりにはいくつか小屋が並んでいる。

 見ていると、冒険者がダンジョンに入る前に寄っているようだった。


「あそこに案内人がいるのかな?」


 今まではエルルさんに貰った資料を見てから挑んでいたから、情報がないのは怖い。

 だが、中級ギルドのキンランの言うこともわかる。


 中級以上は、攻略が進んでいないダンジョンも多い。いつでも万全に情報を得られるとは限らないのだ。

 最初に薦めてくれたここは比較的情報が集まるようだが、これからもできるとは限らない。


 そういう意味で、ギルドに頼る以外の術も身に付ける必要がある。


「いらっしゃいませ。“静謐の淡湖”へ挑戦ですか? ……って、あなたは」


 小屋に近づくと、女性が顔を出した。


 地味な色の麻服を着ている。農家の娘だろうか。

 彼女は俺を見て、驚いた顔をしていた。


「エッセンさん、ですよね?」

「はい。――あっ」

「思い出しました? エッセンさんに助けてもらったユアです! こんなところで会えるなんて、偶然ですね!」


 ユアと名乗る少女は、俺が“白霧の森”でフォレストウルフから助けた人物だ。その後、病気の母を助けるため、とダンジョン素材の採取依頼も請け負った。


 何度かギルドを通じて手紙のやり取りはしていたが、顔を見るのはあの時以来だ。


「すごい、中級冒険者になったんですね! 一人でボスを倒しちゃうくらいですもんね。やっぱ強い人だった!」


 ユアは手を胸の前で組んで、目を輝かせた。

 初対面がなかなか衝撃的だったので、彼女は俺を過大評価している節がある。なにも知らない田舎っ子を誑かしている気分になるな……。


 久しぶりにあったユアは、記憶よりも表情が明るく、元気だった。こっちが素なのだろう。

 あの時は母の容態もあって、焦っていたからな。


「そうだ、ギルドに預けてくれた野菜は美味しくいただいた。ありがとう」

「いえいえ……手紙でも書きましたけど、おかげで母は回復しましたから! 今は元気に農業をしていますよ」

「それは良かった」

「エッセンさんに野菜を食べてもらえて、わたしたちも嬉しいです!」


 背が低く愛嬌のある顔立ちで、コロコロと鈴が鳴るように笑う。見ていて癒される子だ。

 成り行きだったけど、助けられてよかったと思う。


「それで、ユアはなぜここに……?」

「あっ、そうでした! 長々とすみません。農業の合間に出稼ぎに来ているんです。農業って、忙しい時は朝から晩までやりますけど、年中忙しいわけじゃないですから」


 俺の生まれ故郷も農村だったので、それはわかる。

 扱っている作物によって時期は変わるが、農閑期は内職をしたり、町に出稼ぎに出たりするものだ。


「それで、ここは“静謐の淡湖”に挑む冒険者のサポートをするお店です」

「なるほど! それは助かる」

「といっても、もちろん料金はいただくんですけどね。でも、ここを利用しない冒険者はほとんどいませんよ。皆さん、ダンジョンに入る前に必ず寄るんです!」

「そうなのか? 何度も来る必要はないと思うが……」

「ふふふ、それはですね……!」


 説明し慣れているのか、すらすらと言葉が出てくる。

 最後に、悪戯っぽく笑った。


「“淡湖”は水中ダンジョンですから、水の中でも呼吸ができる魔法をかけてからじゃないと挑戦できないんですよ!」

「そんな魔法があるのか……!」


 なんで誰も教えてくれなかったんだ……。寄らずにダンジョンに入ったら大変なことになるところだった。

 いや、当たり前すぎて言わなかったのかもしれない。ダンジョンが水中にある時点で、対策がなければどうしようもない。


「はいっ。漁業は豊神の領分ですから、豊神のギフトにそのような魔法を使えるものがあるんです。だから、ここでその魔法をかけてから、ダンジョンに入ってくださいね!」

「それは必須だな……。お願いできるか? えっと、誰が……」

「わたしです! エッセンさんにはお世話になったので、無料でやらせてもらいますねっ」


 聞くと、“空気使い”というギフトらしい。

 素潜りに使える他、空気の流れや温度を操作することで農業にも利用できるのだとか。効果だけ聞くともの凄いギフトに聞こえるけど、そんなに大それたことはできないようだ。


「“エアボール”」


 ユアの魔法が、俺の頭に掛けられる。

 視界にうっすらと膜が見える。それは球体となって、頭を包んでいるようだった。


「空気を圧縮して、頭の周りだけ空気があるような状態にしてます! だんだん空気は減っていくので、お昼には一度出てきてくださいね」

「おお、すごいな」

「あ、あと攻撃を受けると割れちゃうので、その時はすぐに水面に上がってください」


 てっきり水面でしか呼吸ができないと思っていたから、自由に戦えるだけありがたい。

 問題はこの状態でどうやって魔物を食べるか、だけど……。それは行ってから考えよう。


 偶然出会ったユアのおかげで、無事ダンジョンに挑戦できるようになった。

 最後に魔物の情報を少しもらって、俺は結界に近づいた。


『ご武運を』


 旅神に送り出され、“静謐の淡湖”に入った。

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