第54話 中級ギルド

「今日から中級だ……!」


 冒険者ランキング五万位を突破し、中級冒険者になることができた。


 中級になったら何をするか。決まってる。


「さっそくDランクダンジョンに行こう」


 下級だろうと中級だろうと、やることは変わらない。

 ひたすら上を目指して、ダンジョンに潜るだけだ。


 中級地区に引っ越すこともできるのだが、家賃が高いためもう少し余裕ができるまでは前から住んでいる下宿所にいるつもりだ。

 住み慣れた部屋を出て、中級地区に向かう。


「壁一枚抜けただけなのに、全然景色違うよな……」


 なんというか、空気が違う。


 人々の服装も、家の外装も、道の舗装でさえ、下級とは比べ物にならないほどに上質だった。


 基本的に誰でも住める下級に対して、中級はいずれかの分野で結果を残した者しか入れないのだから、当然かもしれないが。


「まだ慣れないな……。いやいや、俺はもう中級なんだから、自信をもたないと」


 この中にいると、途端に自分が情けない存在に思えてくる。


 でも、リュウカが新しく作り直してくれた装備だけは、中級相当のものだ。中身は小市民だけど、装備のおかげでそれなりに見えている。……と思いたい。


 いつか、この空気にも慣れる日が来るのだろうか。


「とりあえず中級ギルドに行くか」


 昨日、ポラリスと食事をしたついでに中級地区を案内してもらったので、場所はわかる。

 中には入っていないので、楽しみだ。


 地区が違うとはいっても、人の少ない朝方ならそう時間をかけずに辿り着くことができる。通うのに問題はなさそうだ。

 中級ギルドもいくつか支部があり、下宿先から一番近いところに向かう。


「ここ……だよな?」


 開け放たれた扉から中をそっと覗くが、途端に不安になる。


 建物の形や内装は、概ね下級ギルドと変わらない。

 一面にはランキングボードがずらりと並んでいるし、受付のカウンターがあったり、旅神から出されているクエストが張り出されている。違いといえば、調度品がやや豪華なくらいだ。


 だが、明らかに空気が違った。

 肌がひりつくほどの威圧感。


 ごくりと生唾を呑み込む。

 初心者が多い下級ギルドとは違う。ここにいるのはもれなく、ランキングを勝ち抜いた強者だ。


「よし」


 気押されまいと、頬をぱちんと叩いてから中に入る。


 何人かは俺のことをちらりと見たが、すぐに興味を失ったように視線を外した。


 俺は顔を引き締めて受付まで歩く。


 妙なことに、受付には一人しか座っていなかった。

 胸元の大きく開いた黒い着物を纏う女性だ。妖艶な笑みを湛えて、キセルをふかしている。

 かなり年上のはずなのに、それを感じさせない美しさと艶やかさを備えている。


「あの、ここが受付で合ってますよね……?」

「ん、ああ。あたしがここの受付だよ。オーナーでもあるね」


 女性は興味なさそうに、ぶっきらぼうに応えた。


 失礼だが、とても受付嬢には見えない。

 何と言うべきか悩んで口ごもっていると、女性が片眉を上げた。


「あんた、中級になったばかりだろ?」

「あ、はい。なんでわかるんですか?」

「そりゃ、わざわざ受付に来るような中級冒険者はいないからねえ。それでなくとも、今のあんたはおのぼり・・・・感全開だよ」


 女性は馬鹿にするでもなく、淡々と告げた。

 彼女の興味は俺にはなく、吐いた煙を無心で見つめている。


「まあ、そのうち慣れるさ。こんなところで油売ってないで、早くダンジョンに行くことだね」

「あの、ダンジョンの情報とか……」

「知りたかったら誰かに聞くんだね。他のギルドがどうだか知らないけどね、あたしのギルドじゃ、自分で全部できない冒険者は必要ないんだよ。写本もタダじゃないんだ。なんでもやってもらえると思われたら困るね」


 冷たく切り捨てるような言い草だが、一理ある。

 だが、それを認めつつも、少しむっとしてしまう。エルルさんは全面的にサポートしてくれていたからだろうか。対応の差に、少し反感を覚える。


「なんだい、その不満そうな顔は」

「いえ……すみません」

「まあいいさ。ところで、あんたはどっちだい?」

「どっち?」


 なにを問われているのかわからず、首を傾げる。


「中級冒険者はね、大きく二種類にわかれるんだ。一方は、なあなあと順位を維持して、中級地区での生活を続ける者。Dランクダンジョンだけでもそこそこの生活はできるからねえ。満足しちまう奴も多いのさ。もう一方は……」


 ここで、彼女は初めて俺をまっすぐ見た。キセルを大きく吸って、煙を真上に吐き出す。


「命を賭して、上級を目指す者。そのほとんどは死ぬけどねえ」


 にやりと歪んだ唇から出た煙は、天井を目指して昇っていく。しかし、段々と薄くなって、霧散した。


「後者です。俺は上級に……いえ、トップに立つためにここに来ました」

「へえ、即答するのかい。本物か、ただの蛮勇か……。目は嫌いじゃないよ」


 彼女は愉快そうに、ぺろりと唇を舐めた。

 鋭い目つきだ。蛇に睨まれたカエルの気分を味わえる。まあ、俺はヘビの牙もバジリスクの目もカエルの水かきも持っているんだけど。


「だが、致命的に甘い。自分で考える前にギルドに来るなんて、まだ初心者気分を抜けていない証拠さ」

「……そう、ですね。甘かったです」

「反省が早いのはいいことだよ。ダンジョンでは反省する時間があるとは限らないけどねえ」


 ぐうの音も出ない。

 俺はもう下級冒険者ではないのだ。そのことを、なにもわかっちゃいなかった。


 これでは上級なんて夢のまた夢だ。また、数年間の停滞をするつもりか、俺は。

 ポラリスに追いつくためには、一層気合を入れなければ。


「ま、バカ正直なのは嫌いじゃないよ」

「え?」

「厳しい言い方をしてすまなかったね。あたしはキンラン。サポートなんてする気はさらさらないけど、夜だったら相手してやってもいい」

「はあ……」

「なんだい、反応が悪いね」


 くく、と楽しそうに肩を揺らした。

 空気が弛緩する。


 中級になった者への洗礼ということだろうか。

 気が引き締められたので感謝するが、やる気がないのは本当らしいので判断に迷う。


「……ありがとうございました。では、ダンジョンに行ってきます」

「あいあい、しっかり稼いできておくれ。ああ、クエストは勝手に受けてくれていいから」


 クエストの紙は神器で造られたものなので、それを持って祈ることで受注できるのだ。

 中級からは全て自己責任で、勝手にやれということなのだろう。


「今は“静謐の淡湖”のクエストが狙い目かもねぇ」


 背を向けた俺に、キンランがぼそりと呟いた。


 ……案外、優しい人なのかもしれない。

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