第40話 ”渓谷”のボス

 リュウカの工房で装備を一新してから、五日が経った。


 あれからダンジョンに挑戦し続けランキングも上昇している。


『61442位 エッセン』


 これが、今朝見た時の順位だ。

 着実に中級冒険者に近づいている。


 だが……。


「まだ足りない」


 “鳳仙の渓谷”で手に入る三つのスキルは、既にレベル最大まで上げた。

 装備のおかげもあって、実力もかなりついてきた自信がある。


 しかし、ウェルネスという上級冒険者には、まだ敵わない。


「もっと強くならないとな……。そのために、同じことを続けていても仕方ない」


 スキルを増やし、レベルを上げる。

 俺が強くなる方法は、それが一番てっとり早い。


 これは“魔物喰らい”に限った話ではないが、ギフトやスキルの成長によって身体能力も強化されていくのだ。


 そしてもう一つ。

 ボスを倒すことで得られる攻略報酬も、冒険者の成長に大きく寄与する。


 俺はポラリスに追いつくために、できるだけ早くランキングを上げたい。

 他のダンジョンに行くことも考えたが、効率を考えるとボスを倒すのが一番だ。その分、危険ではあるが。


 “鳳仙の渓谷”のボスエリアの結界に触れる。


『ボスエリアです。ボス戦を行いますか?』

「はい」

『ご武運を』


 中に入ると、深い谷間の中心に巨大なボスがいた。


 獅子の強靭な胴体に、鷲の頭と翼を持つ、異形の魔物。

 前足は鳥のようで、後足は獅子だ。


「あれがバレーグリフォン」

「ギャォオオ」


 俺を発見したバレーグリフォンが、雄叫びを上げて飛び上がった。


 馬よりも遥かに大きな身体で、よく飛べるな。

 よく見ると、翼を動かすと同時に足で空中を蹴っている。


「飛べるのはそっちだけじゃない。“健脚”“銀翼”」


 スキルを発動すると、俺の背中からファルコンの双翼が生えてくる。


「“鋭爪”“大牙”“毒牙”“刃尾”“吸血”“炯眼”」


 この組み合わせは、いわば集大成とも呼べるスキル群だ。

 身軽さと攻撃性能を両立させ、さらに空中での戦闘も可能とした、俺の一番強い形態。


「ボスだろうと……今の俺なら、勝てる」

「ギャォオオオオ」


 地面を強く蹴って、グリフォンに向かって跳躍する。


 しかし、跳躍だけでは空高く舞うグリフォンには届かない。

 俺は“銀翼”に力を入れ、羽ばたいた。


 空を飛ぶ練習は、魔物を狩りながら行っていた。

 それでわかったことは、このスキルでは自由に飛び回ることはできないということだ。


 人間の身体に対して、翼が小さすぎるのが原因である。当然ながら、人間の身体は飛ぶのに適した形をしていない。


 だから、“銀翼”を使っても自由に飛ぶことはできない。

 だが、無意味というわけではない。


 例えば、“健脚”でジャンプした後にさらに加速し高度を上げることもできる。


「ギャオ!?」


 突然加速し肉薄する俺に、グリフォンが驚いたような声を上げる。

 グリフォンは前足を掲げて、俺を迎撃しようとした。


「方向転換だってできるんだよ!」


 片翼だけ羽ばたき、身体を捻る。

 “銀翼”によって、今まではできなかった空中での移動が可能となったのだ。長時間飛ぶことはできなくても、十分な強化だ。


 グリフォンの前足を掻い潜って、“鋭爪”で切りつけた。


「……っ、一回降りるか」


 “銀翼”を広げ、空中を滑空する。

 上空から安全に降りることができるようになったのも、翼のおかげだ。


「ギャォオオオオ」

「やっぱり簡単には見逃してくれないか……!」


 空中はグリフォンのテリトリーだ。

 一旦離脱しようとした俺に、グリフォンが追い打ちをかける。


「いいのか? 腹が丸見えだ。――“空砲”」


 身体を翻し、上空を向く。

 俺に向かって直進してくるグリフォンに、右腕のハサミで照準を合わせる。


 そして、落下しながら発射した衝撃波がグリフォンの胸に直撃した。


「ギャォオ……」

「この体勢から攻撃できると思わなかっただろ」


 翼によって再び体勢を戻し、ゆっくりと着地する。

 リュウカが作ってくれた靴のおかげで、衝撃もほとんど感じない。


「さすがに一回当てただけじゃ倒せないか」


 グリフォンも一瞬苦しそうに呻いたが、すぐに上空を駆けて高度を上げた。


 こうなると、もう一度ジャンプしなければ攻撃が届かない。


「倒すまで何度でも跳ぶ!」


 先ほどと同じように跳躍し、グリフォンに迫る。


 だが、グリフォンも学習したようだった。元より、空中ではグリフォンのほうが自由に動ける。

 グリフォンは冷静に距離を取り、俺の速度が落ちたタイミングを見計らって、背後から迫った。


「くそ!」


 咄嗟に靴を脱ぐ。


「“鳥脚”」


 グリフォンの前足が、俺の肩を掴む。同時に、俺の足がグリフォンの身体を捉えた。


 空中で絡み合う。こうなってしまえば、あとはインファイトだ。戦術も何もない。


「“大鋏”“黒棘”」


 ウニの針でグリフォンの嘴を受けないようにしながら、大鋏で足を挟んだ。同時に“刃尾”を伸ばして突き刺す。


「ギャォオオオオオオ」

「終わりだ!」


 俺を掴んでいたほうの前足を、“大鋏”で大きくえぐる。痛みで拘束が緩んだ隙に、“鳥脚”に力を入れて身体を起こした。

 爪でグリフォンの身体を掴みながらよじ登り、背中に飛び乗る。


「いただきマス!」


 空中で食事することになるとは思わなかった。


 グリフォンの獅子のような背中に、思い切り噛みついた。


『スキル“バレーグリフォンの天駆てんく”を取得しました』


 麻痺毒を大量に注入したことで飛べなくなったグリフォンが、地面に落下する。

 衝撃の寸前に離れることで、俺は無事だった。


「危なかった! でも勝てたな」


 グリフォンに掴まれた肩の傷も、“吸血”によってすでに回復している。


『ボスが討伐されました』

『初攻略報酬として“風精霊の祝福”を取得しました』


 “鳳仙の渓谷”の初攻略報酬は、“岩礁”と同じく精霊の祝福だった。

 しかし、“水精霊の祝福”とは少し方向性が異なる。


 “風精霊の祝福”は、微弱な風が身体を包み、暑さをやわらげ涼しくしてくれるらしい。あまり実感はないが、砂漠や火山のダンジョンなどでは重宝するのだとか。


 持っておいて損はない祝福だ。寒い場所でも、風の壁が冷風を防いでくれる。


「さて、グリフォンのスキルはどんな感じかな。“天駆”」


 使用しても、見かけ上の変化はなかった。


 “フォレストバットの吸血”と同じタイプだろうか。


「名前からして、天を駆けるんだよな……。そういえば、グリフォンって空を走っていたような」


 試しに跳躍して、空中を蹴ってみる。


「おお!?」


 すると、見えない足場を踏んだように、さらにもう一段ジャンプすることができた。

 空気を圧縮しているのだろうか。少し弾力がある。


「もう一回……って、あれ?」


 さらにジャンプしようとしたが、空ぶりに終わった。

 そのまま着地して、もう一度跳んでみる。すると、また空気を一回だけ踏めて、二回目はできなかった。


「一度だけ空中でジャンプできるってことか……? 結構便利そうだな」


 もしかしたら、レベルを上げれば回数が増えるかもしれない。

 “銀翼”に加えて、さらに空中戦闘が捗りそうだ。


「よし……あと三回くらい倒してレベル最大にするか」


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