第39話 嘘

「悪い、励ましてもらって」

「いえいえ~。あーでも、もしポラリスに捨てられて寂しいんだったら、私と恋人になる? 私がエッセンの戦う理由になってあげよー!」

「は!?」


 いたずらっぽい笑みでそう言って、俺の首に腕を回した。


「うへへ、リザードの尻尾で絡まれながら? それともファルコンの翼に包まれて? ホークの脚に押さえつけられながら? ああ、クラブのハサミで首を絞められるのもいいかも~!」

「あの~、リュウカさん?」

「そうじゃん、なんで気づかなかったんだろ。エッセンがいれば疑似的に魔物とあんなことやこんなことを……え? え? しかもどんどん出せる魔物増えてくの? 最高じゃん……」


 やばい、リュウカが変態モードに入ってしまった。


 しかも俺ではなくて、俺が出せるスキルに興奮してる。非常に微妙な気持ちである。


 さすが、興味本位だけでバレーホークに捕まる女である。


「やっぱり私にしとかない?」


 身の危険を感じて、リュウカの腕を振り解く。後ずさって、壁に背をつけた。


「い、いや。結構だ。俺はリュウカと付き合う気はない!」

「えー、なんで?」

「ポラリスが好きだから」


 ただの幼馴染だったはずが、いつの間にか俺にとって特別な人になっていた。

 いや、村にいたころから好きだったのかもしれない。


 既に恋人がいる女性に対してそんなことを思うのは、失礼かもしれないけど。


「……ごほん。今のは冗談だけど」

「ほんとかよ」

「ポラリスは、私とエッセンがこんな風になっている可能性もあったのに、昨日は信じてくれたよね。エッセンは裸で私と二人きりだったのに」

「信じたっていうか、別に興味なかっただけなんじゃ?」


 ただの幼馴染で恋人ではないから、関係ないみたいなこと言ってたし。

 たしかに、ちょっと怒っている雰囲気だったけども。


 俺の言葉を聞いて、リュウカが呆れたように大きくため息をついた。


「はぁ~~~」

「……なんだよ」

「エッセンは何にもわかってないなぁって」


 馬鹿にするように薄目で俺を見る。


「あのね、ポラリスはもう二年くらい私の装備を使ってるけど、他の冒険者の話をすることなんてないんだよ? エッセン、君以外の話はね」

「……でも、それは幼馴染だから」

「ただの幼馴染の話を、関係ない私に話すの? しかもね、すごい楽しそうに話すんだ。いつもはニコリともしないのに、君の話をする時だけはだらしなく緩んじゃってさ。女の私でもドキッとするくらい可愛い笑顔で」


 ポラリスが無表情なのは、幼少期の環境が原因だ。泣き顔を隠すために、感情を表に出さなくなった。

 でも、俺の前では楽しそうにしてくれたんだ。本当に可愛くて、魅力的な笑顔で。


「あの男の前で、ポラリスがどんな顔をしてたか覚えてる?」


 ウェルネスという上級冒険者が入ってきた時。あるいは、何かを耳打ちされた時。ポラリスは……嫌そうな顔をしていた気がする。


「ポラリスはいつも君だけを想ってたよ。君だけを信じてた。ランキングが上がった時なんてすごかったんだから。エッセンが上がってくる! ってはしゃいじゃってさ。待っててって言われたんだって。……まあ、名前までは覚えてなかったから、君と会っても同一人物だと気付かなかったけど」


 ポラリスの真似をしているのか、淡々とした声音でリュウカが言う。


 思えば、俺はポラリスのことをほとんど知らない。

 幼馴染だからなんでもわかっているような気がしていたけど、道を違ったあの日から、ポラリスの情報は出回っている情報しかわからない。


 だから、リュウカの話は新鮮だった。


「ポラリスはいつだって、エッセンを信じていた。……君は、ポラリスを信じられないの?」

「信じる……」

「十中八九……ううん、百パーセント嘘でしょ、あんなの」


 リュウカは当たり前のように言い放った。


 思わず目を見開いて、身体を乗り出す。


「嘘!?」

「本当に気づいてなかったの? どう見ても言わされてたじゃん」


 リュウカは再び、深くため息をついた。


「嘘ってことは……ポラリスとあの男は恋人じゃないってことか?」

「うん」

「……ッ。行かないと!」


 ポラリスが嘘を言わされている。

 なぜだ? わからないが、ポラリスの本意でないことは間違いない。

 あの上級冒険者が、ポラリスに何かを強制している。止めないと。


「ストップ! ダメだよ」


 扉を開けようとしたら、鍵がかかっていて開かなかった。

 この扉は、リュウカの意思で自由に施錠できるのだ。


「リュウカ、開けてくれ! ポラリスのところに行かないと。ポラリスがあいつに何かされているなら、助けないと……」

「ポラリスはそんなに弱くないよ。ていうか、エッセンはウェルネスに勝てるの?」

「そ、それは……」

「嘘をついている理由は、私でもわからない。でも、ポラリスがそれを選んだなら、何か意味があるはず……。もう一度言うよ。エッセン、ポラリスを信じてあげて」


 リュウカは俺の手を優しく包み込んだ。


「……そうだよな。二度も悪い。やっと目が覚めたよ。早く強くなって……堂々と、ポラリスとパーティを組む」

「その意気だよ!」

「ああ。ダンジョン、行ってくるわ」

「装備の点検修理が必要な時は、いつでも来てね!」


 “渓谷”でリュウカに会えてよかったと思う。

 彼女のおかげで、自分の目指すべき道がわかった。


 工房を出て、“健脚”を発動する。


「あの男がもし、ポラリスを脅して自分のものにしようとしているなら……」


 娘を虐待し、軟禁していた村長から助け出したように。


「俺が絶対に助ける。待ってろよ、ポラリス!」


 いつも待たせてばっかりだな。


 新しい装備に身を包んだ俺は、いつもより軽やかにダンジョンまで走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る