第33話 ファルコン

「新しいスキル……名前の通り鳥の脚、だよな」


 バレーイーグルから取得したスキルは“鳥脚”だった。

 さっそく発動してみようとして……思いとどまる。


「おっと、危ない危ない。俺は学習したんだ。考えなしにスキルを使うと、服がボロボロになる、と……」


 既に“黒針”のせいで肩は穴だらけである。スカートのように巻いている腰布の下はズボンにも穴が空いているし、左腕の裾は“大鋏”のせいでボロボロだ。


 魔物に狙われないように木陰に移動し、靴を脱ぐ。


「“鳥脚”」


 スキルを発動すると、俺の足首から下が鷲そっくりに変わった。

 細長く無骨な指が四本伸びている。軽く動かしてみると、器用に折り曲げることができた。


 試しに、落ちている枝を掴んでみる。


「おお、掴めた。不思議な感覚だな……」


 鷲は足で獲物を捕まえるらしいし、“鳥脚”もかなりの力が出せそうだ。

 少し力を入れると、枝がぽきっと折れた。


「“健脚”とも同時に使えるのか……ちょっとジャンプしてみよう」


 兎のように毛の生えた筋肉質のふくらはぎから、突然鳥の足が生えている。かなりおかしな見た目だ。


 木の枝に向かって跳躍する。

 ちょっと無理な体勢で着地してしまったが、“鳥脚”ががっちりと枝を掴んだおかげで落ちることはなかった。


「便利だけど、使い道に悩むな」


 走りづらいので、地上で戦うには不向きだ。

 立体的なフィールドで戦う機会があれば使用していこう。それこそ、ここ“鳳仙の渓谷”とか。


「おっ、三体目の魔物発見」


 多くのダンジョンは、三体の通常種と一体のボスという構成になっている。

 三体目の魔物も鳥だった。


「バレーファルコン……ダンジョンで最速の鳥だったな」


 ハヤブサの魔物が、少し開けた場所で高速で飛び回っている。


 ホークよりもさらに小さい。

 飛行が速すぎて、ホークの時みたいに隙をついてジャンプで近づくのは難しそうだ。


 資料によるとあまり好戦的ではなく襲ってこないらしいので、カウンターで倒す手も使えない。


「捕まえるのが難しい分、羽根が高く売れるんだよな。ぜひ捕まえたい」


 依然として金欠なのである。

 リーフクラブの足を売って稼いだ金も、宿屋の飯が美味すぎてなくなった。旅ってお金かかるよね……。


「やっぱ、降りたところを狙うのが一番だよな」


 鳥の魔物だって常に飛んでいるわけではない。

 木に留まって休んだり、巣に戻ったり。たまに地面に降りていることもある。


 なので、飛んでいない時を狙うという手もあるのだ。

 ……いや、そっちのほうが普通か。ジャンプして近づくなんて邪道もいいところだ。


「そういえば、こういう時に便利なスキルを取得したばかりだったな。“バレーホークの炯眼”」


 目にスキルを宿した瞬間、視界が一気に広く鮮明になる。

 あまりの情報量に頭痛と吐き気がこみ上げる。目を閉じて深呼吸し、再び開いた。


 遠くまではっきりと見えるので、木の枝の隙間からファルコンを探すことも可能だ。


「お、発見」


 少し離れた木に、バレーファルコンが留まっているのが見えた。


「でも高いな……。あれだと、近づいている間に逃げられそうだ」


 “健脚”で登ろうと思えば、どうしたって木が揺れてしまう。気取られずに近づくのは不可能だ。

 かといって、“空砲”の射程では到底届かない。衝撃波は中距離では絶大な威力を発揮するが、ある程度の飛距離まで行くと霧散してしまう。


「近づくのも無理、撃ち落とすのも無理。なら……」


 収納袋に手を入れ、常備してある干し肉を取り出す。


「おびき寄せるか」


 魔物は何を食べて生きているのか。

 その答えは、何も食べなくても生きていける、だ。魔神が生み出すといわれている魔物だが、その生態は普通の動物とは大きく異なる。


 しかし、動物と同じく食事をする機能も備えている。

 本能なのか、それとも生きていけるだけで空腹感はあるのか。


 たとえば、冒険者として入ってきた人間を食べる魔物もいる。結界がなかったころは動物を襲って食べていたし、草食の魔物なら植物を食べる。


「ファルコンは干し肉が大好物らしいからな」


 身体の小さなファルコンは、人間を襲って食べることは少ない。

 本来なら小動物を食べる魔物なんだろうな。ダンジョンの中にはファルコンより大きな生物しかいないが。


「試しにここに置いてみるか」


 手頃な岩を見つけて、その上にセットする。

 そして、自分は少し離れたところで息を潜める。


「さて、少し待って――は?」


 長丁場を覚悟してしゃがみ込んだ瞬間、干し肉があった場所を黒い影が通りすぎた。


 慌てて見に行くと、岩の上にあったはずの干し肉は消えていた。


「……“炯眼”」


 鷹の目を走らせると、木の上で美味しそうに干し肉を頬張るファルコンの姿があった。


「ぴぴ」

「ほーう?」


 心なしか、嘲笑っている気がする。


 まあ最初から成功するとは思ってない。

 もう一枚取り出し、岩の上に置く。


 一歩、また一歩と後ずさる。だが、ファルコンは動かない。


「……もう腹いっぱいか?」


 十歩ほど下がって、少し気を抜いた瞬間。

 また、黒い影が干し肉を攫っていった。


「……俺の大事な食糧をよくも」


 ぴき、と青筋が走った気がする。

 決めた。あのファルコンは絶対許さない。


「ぴっぴっ」


 嘲るような鳴き声が耳に障る。


「三枚目だ」


 引くに引けなくなったギャンブラーみたいなことを言いながら、再度干し肉をセットする。


「“健脚”“鋭爪”……速度なら俺も自信あるんだよ」


 一歩ずつ後退する。しかし、俺が警戒している間は寄ってこない。


 思い切って背を向けてみる。背後でファルコンが動いた気配を察して、すぐに振り向く。


 ちょうど、ファルコンが飛び立ったところだった。


「はっははは! 人間舐めるな!」

「ぴっ!?」


 思わず悪い笑みが零れる。

 ファルコンは速すぎるあまり、途中で軌道を大きく変えられないようだ。

 真っすぐ飛んでくる黒い影に“鋭爪”を合わせる。


「捕まえた!」


 軽く切り裂くと同時に、両手で掴んだ。


「“大牙”。いただきマス!」


 干し肉の恨みは大きいぞ。

 売却できる羽根は傷つけないように、足に喰らいつく。


『スキル“バレーファルコンの銀翼”を取得しました』


 無事にスキルを取得できたようだ。


 羽根をむしりとって、収納袋に入れる。

 なんでも、イーグルやホークよりも美しく、軽いのだそうだ。


「にしても……“渓谷”を選んだ時から期待していたが、ついに翼のスキルか!」


 すぐに試してみたい衝動に駆られる。


 なにせ、鳥の翼だ。

 自由に空を飛び回る鳥に、誰もが一度は憧れたことがあるはずだ。


 まさか、自分がその翼を手に入れることができるなんて。


「……いやいや、使うのは後だ。“刃尾”の時みたいに、練習が必要だろうし」


 経験上、人間に存在しない部位の操作は困難を極める。

 飛ぼうとして落下したところを魔物に襲われたら大変だ。


「それに、まだ飛べると確定したわけじゃないしな……服も破れるし」


 色々と理由をつけて、なんとか自分を納得させる。

 そうだ、無茶はしないと決めたじゃないか。


「今日のところは一旦帰って……ダンジョン外で練習しよう」


 口では納得しつつも、空を飛べたら何しよう、という考えばかりが脳裏を巡る。集中できない……。

 正直、もしかしたら飛べるかも、という気持ちでこのダンジョンを選んだ節もある。


 どんどん人間から離れていくのはこの際、気にしないことにした。

 旅神教会にバレたらやばそうだけど!


「きゃぁああ。私食べられるぅううう。美味しく食べられちゃうよぉおおお」


 帰ろうとした時、空から心なしか楽しそうな女性の声が聞こえた。


 目線を上げると……バレーホークの足にがっしりと掴まれ連れ去られる女性の姿があった。

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