第32話 ”鳳仙の渓谷”

 俺は“健脚”で朝からひとっ走りして、新たなダンジョンに来ていた。


 “鳳仙の渓谷”は、Eランクの中で最難関に位置付けられるダンジョンだ。


「エルルさんが最初に薦めなかった理由がよくわかるな……」


 谷底から、空を見上げる。

 正確には、空を飛び回る鳥の魔物を。


「飛んでる魔物はフォレストバット以外だと初めてだ」


 フォレストバットはただの小さいコウモリなので、それほど脅威ではない。


 でも、“鳳仙の渓谷”の魔物は違う。

 凶暴な猛禽類が、大きな翼を広げて優雅に滑空していた。


 単純なサイズだけでもフォレストキャットほどある。

 なおかつ空中を自在に飛び回るというのだから、難易度は推して知るべし。


「強そうだな……わくわくするね」


 このダンジョンで生き残れるくらいじゃないと、中級には上がれない。

 下級冒険者にとって、最大にして最後の鬼門。


「さっそく狩るとするか。とり肉は好きだし――全部喰らう」


 魔物のスキルもだいぶ慣れてきた。

 即座に“健脚”と“大牙”、さらに“毒牙”“吸血”“鋭爪”“刃尾”を続けて発動する。


「よ……っと!」


 低くしゃがみこんで、全力で跳躍した。

 木の幹や枝を蹴り、さらに上空へ駆け上がっていく。


「届けええええ」

「ピイイ!」


 “鳳仙の渓谷”が高難度と言われている理由は、魔物が常に空を飛んでいて、攻撃が届かないからだ。

 魔物側は好きなタイミングで攻撃できる。一方的に不利な状態で、警戒を続けなければならない。


 もし有利に進めようと思えば、魔法や弓を使って遠距離から攻撃するか、俺のように上空に飛び上がって接近するしかない。

 少々強引ではあるが。


「届いた!」


 “鋭爪”の先が鷹の魔物、バレーホークの翼を浅く切り裂く。


「ピッ」

「逃がすかよ!」


 バレーホークは少しよろめいたが、すぐに体勢を整えて旋回した。

 俺から離れていく。


 対する俺は、空中で自由に動けない。あとはこのまま落下していくだけだ。


 だが……ここから攻撃を届かせるスキルが一つだけある。


「“リーフシュリンプの空砲”」


 スキルを発動すると、右腕がハサミに変わった。

 “大鋏”よりも一回り小さい。切断には向かなそうな細長いハサミを、まっすぐバレーホークに向ける。


「ついに遠距離攻撃ができるようになったんだよ!」


 ハサミを勢いよく閉じる。

 瞬間、空気が圧縮され熱量を持った塊となり……発射された。


「ピェエ!!」


 射程はそれほど長くはないが、中距離であればかなりの威力を発揮する。

 衝撃波はバレーホークの胴体を打ち付けた。


「よし!」


 ホークがぐらりと揺れ、頭から落下する。

 それを見届けて、空中で姿勢を正して着地に備えた。


 “健脚”のバネを利用して衝撃を殺し、転がって受け身を取る。


「おお、地面が柔らかくてよかったな。さて、ホークは……」


 同じように落下してきたはずのホークを探す。

 ホークは少し離れた場所に落下していた。まだ息があるのか、びくびくと痙攣している。


「速度と攻撃重視で防御方面は弱い、と……。隙を突けばなんとか倒せそうだ。にしても、“空砲”はすごい威力だな」


 綺麗に命中したとはいえ、一撃でダウンさせるとは。

 さすがボスのスキルとでも言おうか。


「じゃ、いただきマス!」


 がぶりと噛り付く。

 “星口”を使ってもいいが、噛み切る力があまり強くないので柔らかい魔物にしか使えない。


「羽は食べるもんじゃないな……。肉は悪くない。鶏のほうが美味いけど」


 豊神と農家の大切さを実感しながら、肉を呑み込んだ。


『スキル“バレーホークの炯眼けいがん”を取得しました』


 名前からして、眼に関するスキルだろうか。


「“炯眼”」


 試しに使ってみる。

 すると、視界が一回り広がり、鮮明になった。遠くまでくっきりと見ることができる。


 さらに……。


「なんだ、これ………。二つのものを同時に見ることができる……?」


 普通、視界のうち一点に焦点を当てる。

 だが、今の俺は片目につき一つずつ、合計二か所に焦点を当てているのだ。どちらも明瞭に認識できる。


「視界が広がって、遠くまで見えて、二か所同時に見ることができる、と……。かなり良いんじゃないか、これ」


 具体的な使い方は思いつかないけど、便利に思える。

 あと、動体視力もかなり高いようだ。


「うぇ、気持ちわる」


 慣れない視界に酔ったような感覚になり、スキルを解除する。

 これも練習が必要だな……。


「ヴィイイイ」

「……っ!?」


 背後から突然、鳴き声が聞こえた。


 咄嗟に身を翻して、地面に転がる。だが、避け切れなかったのか腕に焼けるような痛みが走った。

 足の爪に引っ掛かれたようだ。幸い、傷は浅い。


「バレーイーグルか!」

「ヴィイ」


 ホークよりもかなり大きい。

 精悍な身体つきと、巨大な翼。嘴は大きく、力強い足でしっかりと地面を掴んでいる。


 ホークよりも凶暴で、強い鷲の魔物だ。


「そっちから来てくれるなら好都合だよ」

「ヴィッ」


 イーグルが再び飛び上がった。

 低空飛行で旋回を繰り返す。視線は常に俺を捉えている。標的に選ばれたようだ。


「“渓谷”はいつ攻撃されるかわからないからキツイな……“大鋏”」


 イーグルを見失わないように注意しながら、“大鋏”を構える。

 あの巨体も“大鋏”で掴めば倒せるはずだ。動き回る相手に“空砲”を当てるのは難しい。カウンターで倒す。


「これ使うと服に穴が空くんだよな……。まあ、背に腹は代えられないか。“黒針”」


 外套を脱いで、肩からウニの棘を出す。外套は高いので大事にしないと。


 “黒針”は、俺が持つ唯一の防御スキルだ。肩だけとはいえ、伸びた針は頭部の防御にも使える。


「ヴィイイイ」


 くるくると俺の上空を回っていたイーグルが急降下してきた。

 それに合わせて、“大鋏”を振り上げる。


 だが、こんな見え見えの攻撃、空中にいるイーグルにとって回避は容易い。

 イーグルは少しだけ回転して、ハサミを掻い潜った。そして、太い足で俺を狙う。


「くっ!」


 ここまでは想定済みだ。

 身体を捻って、イーグルの足に“黒針”を合わせる。同時に、“刃尾”を伸ばしてイーグルの腹に突き刺す。


「ヴィイイイイイイ!」

「終わりだ!」


 体勢を崩したイーグルを“大鋏”で挟み込む。これでもう抵抗はできない。


「いただきマス!」


 噛みつくと同時に“毒牙”によって麻痺毒を流し込む。

 ついでに“吸血”によって血を吸い、体力を回復させた。


『スキル“バレーイーグルの鳥脚ちょうきゃく”を取得しました』


「ふう……」


 かなりの強敵だった。

 Eランクダンジョンの中で最難関と呼ばれるだけあるな。


 でも、勝てる。


「この調子だ」

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