第34話 リュウカ

「一応ピンチ、なんだよな……?」


 捕まっている女性はきゃっきゃっと楽しそうだけど、バレーホークに捕まっている状態が正常なわけがない。

 ホークは足で捕らえた獲物は絶対に逃がさないと聞く。


「“健脚”」


 幸い飛んでいるのは木の多い場所だ。

 枝や幹を足場にしながら、高速で上空まで駆け上がる。


「“鋭爪”“刃尾”」


 バレーホークは女性を運ぶのに夢中で俺には気づいていない。

 俺は外套を脱ぎ捨てながらバレーホークに接近すると、その勢いのまま背中に飛び乗った。


「ヴィ!?」

「せっかく狩りに成功したところ悪いな」


 爪で翼を、尾で背中を切りつける。

 痛みに耐えかねて女性を手放したのを確認し、ホークから飛び降りる。空中でホークを蹴り飛ばし、加速する。


 放り出された女性のエメラルドグリーンの髪が、まるで天を目指すように舞う。遅れて、彼女も手を伸ばした。


「手を掴め!」

「うん!」


 俺の手が、彼女の手をしっかりと掴む。そのまま引っ張りあげ、両腕で抱くように包み込む。


 救出できたが、このままでは二人して墜落する。

 体勢が崩れているから、さっきみたいに“健脚”の応用で着地するのも難しい。


「一か八か……“バレーファルコンの銀翼”」


 咄嗟にスキルを発動する。

 名前の通り翼のスキルなら、この窮地を脱することができるはずだ。


 背中に異様な感覚が走った。

 見えなくてもわかる。俺の背中から、双翼が服を突き破って広がった。


 その瞬間、落下速度が落ちた。

 翼を動かす余裕はない。翼をただ広げたまま、風に乗って滑空する。


「飛べた! けど、どうやって動かせば……」

「身体を傾けて!」

「あ、そうか!」


 “刃尾”の時も、操作には苦労した。

 でも、翼を動かさないで身体を傾け、進行方向を変えるくらいならできる。


 眼下には翼を広げた俺の姿が影となって映し出されていた。

 そのままゆっくりと下降し、障害物がない平野になっている場所に着地した。


「ふう……危なかった」


 女性を降ろし、額の汗を拭う。

 まさかぶっつけ本番で飛行することになるとは。


「大丈夫か?」

「す」

「す?」


 地面にへたりこんだ彼女は、ばっと顔を上げて目を輝かせた。


「すごい!! なにこれー!」


 エメラルドグリーンの少女は勢いよく立ち上がり、俺の背後に回った。

 麻色の作業着とゴーグルという、一風変わった服装だ。冒険者というより職人の装いに見える。


「え、え、翼生えてる! なんてギフト!? しかもこれ、尻尾!? ウェランドリザードそっくり……!」

「……解除」

「ええー! なんで消しちゃったの!?」

「元気だな……」


 魔物に殺されかけていたとは思えないほど明るい。

 年は俺より少し下だろうか。目が大きく、八重歯が可愛らしい。


「で、ケガはないか? バレーホークに捕まってたみたいだけど」

「うーん、肩がちょっと痛いかな? でも大丈夫! いやー、どうやって獲物を狩るのか知りたくて試しに捕まってみたんだけど、そのまま食べられちゃうところだったよ。ありがとう」

「おう、無事ならよかっ……試しに捕まってみた?」

「あれはなかなか新体験だったね」


 そう言って、うんうん、と満足そうに頷く。


「あ、私はリュウカだよ。鳥のお兄さん」

「俺はエッセン。……で、なんでわざと捕まったりしたんだ」

「ふふ、聞きたい?」


 鳥のお兄さん呼びを訂正したいところだったが、その前に疑問を口にする。

 だが、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの笑顔を見て、聞くんじゃなかったと思い直す。


 やっぱいいです、という言葉は、リュウカの圧にかきけされた。


「魔物って今は旅神の結界に閉じ込められているけど、元々は外で普通に暮らしていたわけじゃない? バレーホークはたぶん、あの強靭な肉体と足で狩りをしていたんだよ。普通の鷲と同じなのかな? それとも、魔物特有のなにかがあるのかな? それを観察したくても、ダンジョン内には狩りの対象がいないでしょ? かといって他の冒険者を犠牲にするわけにもいかないし、なら私が試すしかないじゃん!」

「あ、もう大丈夫です」

「ていうか、魔物ってカッコいいよね! 動物みたいな見た目なのに、普通じゃありえない身体付きをしてたりするでしょ? たとえばウェランドリザードは、まるで名匠が打ったかのような美しい刃が尻尾についてる。掴まれた感じ、ホークの足は普通よりも大きいね。ああ、もっと魔物のことを知りたい……」

「なげぇ……」


 変人だ……。


 一度話し始めたら止まらないタチなのか、次々と言葉が出てくる。


 リュウカの顔は息がかかりそうなほどに俺に近づき、心底楽しそうな顔をしているものだから、少し意識してしまう。

 まあ、会話の内容は色気もなにもないのだが。


「あ、そんなことより」


 延々と続くかと思われたリュウカの言葉が、ふと止まった。

 嫌な予感がする……。


「さっきの翼とか尻尾とか、どうやってやったの!? あれ魔物の部位だよね!」


 心なしか、さっきより距離が近い。


「あー……。一応、ギフトのことだから秘密で」

「むう。カッコいいのに」

「ははっ、旅神教会に聞かれたら怒られるよ」

「それは今さらなので! よく怒られるから大丈夫!」


 そりゃ、魔物のことをあんなに熱く語っていたら怒られるだろう。

 魔物は旅神の敵。滅ぼすべき相手なのだから。


「ねー、いいじゃん。私、誰にも言わないよ? お願いっ、もう一回見せて!」

「……“銀翼”」

「うぉおおお!」


 テンション高いな。


 リュウカは俺の背後に回り、触ったり匂いを嗅いだり舐めたりしている。

 ……舐めたりしている!?


「すごい、本物の翼みたい……」

「解除」

「もう終わり!?」

「ぞわぞわするから舐めないでくれ……」

「すごい、感覚もちゃんとあるんだ!」


 聞いちゃいない。それどころか、さらに好奇心を刺激してしまったみたいだ。


「なんでそんなに魔物に興味あるんだ?」

「好きだからだよ」

「そりゃそうだろうけど」

「あ、一応実益も兼ねてるよ! 私、魔物の素材加工が本業だからね。魔物への理解が大切なんだ」


 ほぼ趣味だけど。と小声で付け足す。


「え、職人なのか? どうしてダンジョンに」

「ん? 改宗した」

「根性あるなぁ……」

「照れる」


 半分皮肉だ。

 職人は技神の管轄だから、ダンジョンに入ることはできない。

 まさか趣味のためだけに旅神に改宗し、ダンジョンに来るとは。それでやったのが、試しに捕まってみるという奇行。


 まごうことなき変人である。


「いいなぁ。私も翼とか尻尾欲しいなぁ」

「普通、訝しむものじゃないのか?」

「んん? ああ、魔神の手先なんじゃないかって?」


 少なくとも、俺は魔物の力を使う冒険者なんて聞いたことがない。

 魔物は魔神という神の眷属だ。


 俺は自分がギフトの力によってスキルを使っていることを知っているが、他人から見たらおかしな能力だろう。


「これが外だったらわからないけど、ダンジョンの中だったらありえないよ。旅神の結界は冒険者しか抜けられないからね」

「ああ、そうか。魔神の手先だったとしたら、ダンジョン内に入れない」

「そういうこと。見たところ、結界も正常だし。それに、傍からみたら私も魔神側みたいなものじゃない?」


 リュウカはあっけらかんと笑う。

 たしかに、彼女の思想も一般的に見れば特殊だ。それこそ、旅神教会から異端認定されそうなほどに。


「でも、スキルを使うと服破けちゃうんだね」

「出費が痛い……」

「装備からして、まだ下級?」

「そうだけど、なんでわかるんだ?」

「わかるよ。職人だもん。中級以上の冒険者は、基本的に魔物素材の装備を使うからね。……そうだ」


 俺の服は、たしかにその辺の服屋で買った安価なものだ。

 ただの服でも、見る人が見ればわかるものなのか。


 リュウカはにやりと笑って、両手を合わせた。


「私がエッセンの装備を作ってあげるよ! 助けてくれたお礼にさ」

「いいのか?」

「うん。もっと話聞きたいし」


 そっちが目的だろ……。


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