第9話 初めてのボス戦

 “白霧の森”のボスは、人間サイズの体躯を持った緑色の猫だ。

 戦ったことはないが、一度だけ遠目で見たことがある。


 ここは初心者用のダンジョンだが、ボスだけは別格だ。冒険者として登録する時に、ボスには挑まないよう必ず注意される。


 とはいえ、所詮はFランクダンジョンだ。強さはDランクダンジョンに出現する魔物くらいで、経験を積んだ冒険者ならソロでも倒せる。

 いわば初心者の登竜門として君臨しているのが“フォレストキャット”という魔物であった。


「グルルルル!」

「悪いな、ゆっくり戦っている場合じゃないんだ。“大牙”」


 飛び掛かってきたフォレストウルフを最小限の動きで回避し、首筋を食いちぎる。

 うん、とても知恵のある人間とは思えない戦い方だな! もう慣れたけど!


 スキルレベルの上がった“フォレストウルフの大牙”は鋭く尖り、容易く突き刺さる。すれ違い様に一撃で絶命させ、先を急ぐ。


「“健脚”も、レベルが上がったおかげでだいぶ速く動けるようになったな。よし、これなら……」


 木々の間をジグザグに抜けて、広大な森を駆け抜ける。

 身体が軽い。数日前よりも格段に強くなったのを感じる。


「どっちみちボスは倒すつもりだったんだ。次のダンジョンに行く前に、森にいる魔物は全て喰らわないとな! スキルの種類はいくつあってもいい」


 猫のスキルはなんだろう? 楽しみだ。


 フォレストキャットがいるのは森の最奥。

 ダンジョンのランクが上がっても、ボスの出現方法は共通だ。


 “ボスエリア”と呼ばれる専用の場所に入ることで、戦うことができる。


「ここだな……」


 フォレストウルフを何度か倒し、“大牙”のスキルレベルが最大になった頃。

 俺はボスエリアの前に到着した。


『ボスエリアです。ボス戦を行いますか?』

「はい」

『ご武運を』


 旅神の定型句が頭に流れ、結界を抜ける。

 ボスエリアは木々がなく、開けた空間になっていた。

 決闘するには十分すぎる広さの平地の真ん中で、巨大な猫が身体を丸めて眠っている。頭には大きな茸が生えている。


「“フォレストウルフの大牙”“フォレストラビットの健脚”“フォレストバットの吸血”」


 スキルを三つ発動して、足を踏み入れる。

 異様な緊張感だ。ごくりと喉を鳴らす。


「寝てるのか? なら、油断しているうちに倒させてもらおう」


 武器は使わない。剣などはそれ自体より、使用者の技術とギフトのほうが重要だ。剣士系のギフトを持たない俺には、無用の長物。


 俺には、代わりにこの牙がある。

 鋭く硬い大牙は、フォレストキャットにも通用するはずだ。


「いただきま――」

「ニャ」


 地面を大きく蹴って食らいつこうとした、その時。

 危機を察知したのか、フォレストキャットが目を開いた。


「ニャァア」

「ちっ!」


 慌てて急停止し、横に跳んだ。俺がいた位置に、キャットの腕が振り下ろされる。

 キャットはむくりと起き上がると、毛を逆立てて俺を睨んだ。


「野生の勘ってやつか? にしてもデカイな……」


 牛よりも一回り大きいぞ。


 それに、あの長い爪……まともに受けたらただでは済まない。


「ニャ」

「……っ」


 キャットは虫でも叩くように、軽快に手を伸ばした。しかし、俺にとっては必殺の一撃だ。

 だが、速度はそれほどでもない。


「いける! とりあえず避けることはできるな!」


 “健脚”のレベルを上げといてよかった。


 逃げ回る俺に、キャットは連続で猫パンチを繰り出してくる。両前足を交互に振り下ろしてくるせいで、攻撃に転じる余裕はない。


 当たる気配はないが、このままではじり貧だ。


「……そうだ! さっき気づいたけど、“健脚”は腕にも使えるんだった」


 猫パンチを大きく回避し、一息つく。

 腰を落とし、両手を地面についた。“健脚”を発動し、白いウサギの毛を腕にも纏う。


「これで俺も四足歩行だぜ」

「ニャー」


 いよいよ人間から離れていっている気がしてならない。


 足で加速、腕で方向転換。四足歩行をすることによって、より俊敏に動けるようになった。

 猫パンチを紙一重で掻い潜り、懐に潜り込む。


「俺の武器は牙だからな。腕が使えなくても問題ない」

「ニ!?」


 この敵は間違いなく強い。

 以前までの俺だったら、最初の小手調べで潰されていた。


 でも……上に行くためには、越えなければならない壁だ。

 “魔物喰らい”の本来の使い方を知り、スキルを手にした俺なら、勝てる!


「いただきマスッ!」


 高く跳躍して、キャットの背に飛び乗った。

 振り落とされないように四肢でしっかりと捕まり、大牙を煌めかせる。


 そして、首筋に噛みついた。


「ニャァアアアアアアア」


 深い森に、猫の絶叫がこだました。



『スキル“フォレストキャットの鋭爪”を取得しました』

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