第8話 依頼
ポラリスと話し、決意を固めた翌日。
日課のランキング確認をして、今日も“白霧の森”に来ていた。
ちなみに、今日のランキングは“90142位”だった。もう少しで八万位台に入れる!
「そろそろ次のダンジョンに行きたいよな。健脚は最大レベルになったし、大牙とフォレストバットの吸血のスキルレベルを上げ切ったら移動しよう」
できれば数日中に終わらせたい。
フォレストラビットの健脚はレベル十が最大だった。
他のスキルも同じなのだろうか?
「あの!」
森に入ろうとした時、突然呼び止められた。
女性の声だ。
「ん?」
「突然すみません。わたし、先日フォレストウルフから助けていただいた者です」
「ああ! あの時の! 無事でよかったよ」
よく見ると、たしかにあの時の女性だ。質素な皮鎧には見覚えがある。あの後は色々あったから、すっかり忘れていたな。
年齢は俺よりも少し下だろうか。垂れ目で愛嬌のある顔付きだ。
彼女はショートヘアを揺らして、ぺこりと頭を下げた。
「本当にありがとうございました。あなた様がいなかったら、どうなっていたか……」
「たまたま通りがかっただけだから、気にしないでくれ。むしろ感謝したいくらいだ」
「え?」
死に掛けたけど、おかげで“魔物喰らい”の本質に気づけたからな。
あの戦いがなかったら、俺は今でも最下位のままだった。もしかしたら底辺のまま一生を過ごしていたかもしれない。
それを思えば、危険を侵して彼女を助けたのは大正解だった。もちろん、彼女が無事だったことも嬉しい。
「えっと……?」
困惑した様子の少女は、手を胸の前で組んで小首を傾げた。
「ああ、すまん。こっちの話だ」
「そうですか……。あのわたし、ユアって言います」
「俺はエッセン。冒険者だ。……って、これは見ればわかるか」
「わたしも今は冒険者をしています」
ダンジョンには冒険者しか入れない。
迷宮を司る旅神イイーリクがそう定めているからだ。
ダンジョンは旅神が管理し、魔物を倒すために
だから、フォレストウルフに襲われていたユアが冒険者なのも当然だ。
「ん? 今は?」
「はい。つい先日までは実家で農業をしていました」
「ってことは、改宗したのか」
子どもは十二歳になると、神の加護を受ける。将来の職業に合わせて、数多いる神々から相応しい神を選ぶのだ。
冒険者なら旅神、商人なら財神。そして農家なら豊神。それぞれ、相応しいギフトを与えてくれる。
だが、途中で職業が変わる場合もある。その場合には、信仰先を鞍替えすることになる。神々は寛容なので改宗してもさほど問題はない。
改宗した場合は元のギフトは消え、新しくギフトを得る。
「何で冒険者に? 俺が言うことではないが、冒険者は安定した職業とは言い難いぞ」
「それは……」
農家は人々の生活を支える大事な仕事だ。
農村単位で生活し、代々土地を受け継いで生計を立てている。実家が農家なのであれば、比較的安定した生活を送れるはずだ。
「ああいや、言いづらいならいいんだ」
ユアが言い淀んだのを見て、慌てて付け足す。
ただ助けただけの少女に干渉しすぎだ。ずっとソロでやってきたから、人との付き合い方が下手になっている。
まずい、このままじゃポラリスともちゃんと話せるかわからないぞ……?
「そういうわけじゃないんです。……あの、エッセンさん。助けていただいた身で厚かましいのですが……お願いを聞いていただけませんか?」
「お、おう? まあ俺にできることなら」
「ありがとうございます。エッセンの強さを見込んで……“白霧の森”のボスを倒して欲しいんです」
ユアは俺に詰め寄って、潤んだ目で見上げた。
ボスの討伐。そう切り出した彼女は、俺が真意を尋ねる前に言葉を続けた。
「実は、母が病に侵されてしまったのです。厄介な伝染病で、治療魔法も効かず……。治せるのは“白霧の森”のボス、フォレストキャットの頭に生えた茸だけ」
「たしか、新鮮な状態じゃないと効果がないんだったよな」
「はい。採取依頼を出そうにもお金がなく……」
「自分で取りに行こうとしたわけか……」
各ダンジョンに一体ずつ、ボスと呼ばれる魔物がいる。
最奥に出現する、ダンジョン内で一番強い魔物だ。
当然、フォレストウルフとは比べ物にならない強さを誇る。
ボスは二ランク上……Fランクダンジョンであれば、Dランクの魔物程度のだと言われている。
冒険者になったばかりの新人が挑むのは自殺行為だ。
「それじゃ、お願いっていうのは」
「はい。フォレストキャットから茸を取ってきていただきたいのです。お金はあまりないですが、お礼は必ずしますので!」
ユアは、俺が万年最下位だった冒険者だとは知らないのだろう。
彼女からしたら、俺はフォレストウルフから救い出し、何事もなく帰還した男だ。
しかし、俺はボスなんて倒したことはない。
依頼するのなら、もっと強い冒険者のほうが確実だ。
でも、金銭的な問題が付きまとう。
それでも無理に依頼しようとすれば、何か他のものを要求されるだろう。それこそ、彼女自身とか。
「お願いしますっ」
頭を下げる彼女は、きっと藁にも縋る思いのはず。
俺にボスが倒せるだろうか?
欲を言えば、もっとスキルのレベルを上げて準備を整えてから挑みたい。でも、時間をかければかけるほど、病状は悪化していく。
目を閉じ、数秒じっくり考えてから、口を開いた。
「わかった」
俺は冒険者のトップを目指すんだ。
少女の願いひとつくらい、叶えられなくてどうする。
「俺が取って来るよ。ユアはゆっくり待っててくれ」
そう言うと、彼女はぱっと顔を上げ、目に涙を浮かべた。
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