第7話 決意

「いや~、今日は順調だったな! スキルレベルも上がったし!」


 大牙と健脚のレベルが上がり、さらに強くなった。どうやら身体能力にも多少の補正が入るようで、今まででは考えられないくらい身体が軽い。


 さらに“フォレストバットの吸血”というスキルを新しく手に入れた。

 陽が沈み始めた頃から出現する魔物で、偶然二匹ほど捕まえることができたのだ。手のひらサイズの小さなコウモリを口に入れるのは少々抵抗があったな……。


 このスキルは、他の二つと比べて見た目の変化はない。最初は効果もよくわからなかったが、魔物を食べた時に判明した。

 血を吸うことで傷や疲労が癒えるのだ。


「回復スキル、ってことだよな。回復系のギフトは珍しいからなー。自分にしか使えないけど、かなり有用だ」


 魔物の肉を噛みちぎる時に、どうしたって血も口に入る。

 だから、シナジーとしては申し分ない。意識しなくても勝手に発動する。


「疲れたけど……うん。めちゃくちゃ楽しいな。これだよこれ。俺がなりたかった冒険者の姿は、薬草採取じゃなくて魔物との戦いだ!」


 まあ、魔物に密着して噛みつく姿はちょっと違うけど!


 今日も汚れることを想定していたので、持ってきた服に着替えてから門を通る。そのままギルドに向かう。


 魔物の素材や薬草は誰かに売ることで収入になる。

 商店などに直接売ってもいい。今まで、薬草は知り合いのポーション屋に売っていた。


 だが、そのような伝手がない場合はギルドで買い取って貰える。

 直接取引に比べて多少値が下がるものの、どんなものでも一括で買い取ってもらえるので楽だ。


「お帰りなさいませ。買い取りですか?」

「はい。フォレストウルフの牙と爪、フォレストバットの羽です」


 裏手の魔物素材専用カウンターに、取って来た素材を並べる。

 Fランクダンジョンの魔物なので大した金額にはならないが、それでも薬草だけに比べれば数倍の収入になった。


 そりゃ、みんな魔物討伐に集中するわ……。


「ありがとうございました。またお待ちしております」


 男性職員が丁寧に頭を下げて、俺を見送った。

 俺のような下級の冒険者にも誠実に対応してくれる。気性の荒い者も多い冒険者を相手にする仕事なので、大変な仕事だ。頭が上がらないな。


 余談だが、商人は財神ネムナムの加護を受けている。きっと彼も、財神から授かったギフトを仕事に役立てているはずだ。


「さて、パンを買って帰るか」


 いつもより増えた収入は装備などに回そう。まだまだ、生活水準を上げられる余裕はない。

 安くて硬いパンだが、あれはあれで慣れれば美味しい。というか、魔物の生肉に比べればなんだって美味しい。


 ギルドを出て、四年間お世話になっている安宿に帰ろうとした時だった。


「エッセン!!」


 聞き覚えのある声が、俺の名を呼んだ。

 思わず足を止める。しかし、振り返らない。いや、振り返ることができない。


「エッセン」


 凛とした声が、俺の背中に突き刺さる。


 見なくても分かる。あいつだ。ポラリスの声だ。


「ランキングを見たわ。……その、おめでとう」


 ポラリスが控えめに、そう言った。


 なんで彼女がここにいるんだろう。

 この下級ギルドは、ランキング上位の彼女が来るような場所ではない。冒険者ランキング上位者は迷宮都市の一等地へ入ることが許され、そこで生活するのだ。ギルドもそちら側にあるため、俺と遭遇する可能性はない。


 きっとポラリスは、俺のランキングが上昇していることに気が付いて、ここまで来たんだ。

 とっくに俺のことなんて忘れていると思ったのに、今でも気に掛けていてくれたことが嬉しい。思わず溢れそうになる涙は、気合でひっこめた。


「エッセンが強くなったこと、とっても嬉しい。置いていって先に行ったから、あなたは私のことを恨んでいるかもしれないけれど……。私は、エッセンは強いって信じていたから」


 恨んでなんかない!

 そう、叫びたかった。今すぐ振り向いて、再会を喜びたかった。


 でも、俺の中のちんけなプライドが、それを許さない。

 ポラリスはランキング九位の天才。俺との格差は依然として大きい。

 だから……まだ、彼女の隣にはいけない。


 ポラリスを避けていたのは俺のほうなんだ。

 強くなっていく彼女に、負い目があったから。


「最下位でも、薬草採取だけなら安全だから、それでいいと思ってた。エッセンには傷ついて欲しくないから。でも、あなたは諦めなかったのね。……すごいわ」


 お前のほうがすごいよ。

 たった四年で十傑にまでなってしまうんだから。


 俺は少し大人びたポラリスの声を、背中越しに聞く。お互いもう十六歳。もう子どもじゃないんだよな。


「エッセン、戦えるようになったのなら、よかったら私と……」

「ポラリス」


 誘いの言葉を遮った。


「俺はまだ下級冒険者だ。ポラリスの隣に行く資格はない」

「私が協力するわ」


 振り向かずに断ると、ポラリスは即座に言い返してきた。


 叶うならポラリスと一緒に戦いたい。かつて英雄譚に憧れ、冒険者を志した時のように、二人で上を目指したい。

 でも……それは今じゃない。


「いや、それじゃ意味ないんだ。俺が納得できない。そんな方法で上に行きたいわけじゃないから」


 ポラリスが隣にいれば、並みの魔物では相手にならないだろう。

 彼女が危険を排除して、安全に“魔物喰らい”を発動し、スキルを増やしていける。そうすれば、すぐに強くなれる。もちろん、ポラリスはそれを知らないけど。


 効率を考えれば恥を捨ててポラリスに頼むほうがいい。

 でも、それでは彼女の付属品に成り下がってしまう。パートナーとしてともに戦うという目標は、二度と叶わない。


「だからさ、待っていてくれないか」

「待つ?」

「俺がランキングを駆け上がり、ポラリスに相応しい冒険者になるまで。ポラリスが背中を任せられる男になるまで。絶対、俺は強くなるから」


 ポラリスの顔を見るのは、それまでお預けだ。

 必ず上に行く。そう、改めて決意した。


「わかった」


 ポラリスが静かに答える。

 夕方の喧騒にかき消されそうになるけど、俺の耳には確かに届いた。


「待ってるから」

「おう」


 俺は絶対強くなる。


 その決意を胸に、ポラリスと別れた。


 後ろで、ポラリスはどんな顔をしているだろう。

 そんなことを考えていると、誰かに肩をぶつけてしまった。


「あ、すみません」


 咄嗟に謝るが、相手からは無視して去っていった。


「なんだ……? 随分キラキラした高そうな装備だな……。まあいいか」

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