第6話 ex.【氷姫】ポラリス
迷宮都市“上級ギルド”。
冒険者ランキング九位【氷姫】ポラリスは、ダンジョンから帰ると、必ずこの場所に立ち寄る。
「【氷姫】だ……。十傑はやっぱりオーラが違うよな」
「今日も美しい」
「あー、パーティ組んでくれねぇかな……」
上級ギルドに入ることを許されたランキング上位四桁の猛者たちの中にあっても、ポラリスは別格だ。
実力もさることながら、氷のように透き通る銀色の髪に端正な顔立ち、細身で引き締まった身体……見る者をうっとりとさせる美しさだ。
「……はぁ」
無遠慮な視線に辟易としながら、ギルドの真ん中を突っ切って奥に進む。
彼女の日課は、ランキングボードのチェックだ。
しかし、自分の順位ではない。
「エッセン……」
同じ村に生まれ、幼少期をともに過ごした幼馴染の名前。
彼が間違いなく
冒険者ランキングに記載されるのは、国内で活動する冒険者だ。
旅神の加護を外れた者……つまり、冒険者をやめたり死亡した者については、名前が消滅する。
エッセンの名が最下位にあるということは、幼馴染が無事に冒険者を続けていることの証左となる。
「本当は会いに行きたいのだけれど……」
もう三年以上会っていない。
ポラリスが才覚を発揮して下級を抜け出し、エッセンとの差が浮き彫りになった頃。それぞれ別のダンジョンに挑戦するようになり、少しずつ二人は話さなくなっていった。そしていつからか、完全にすれ違うようになった。
「私はエッセンと一緒に戦いたい。でもそれ以上に……無事でいて欲しい。だから、最下位でいいのよ、エッセン」
幼い頃、二人で夢見た目標を、彼は覚えているだろうか。
絆の証だったその誓いは、いつしか二人の関係を引き裂くものになってしまった。才能に格差があったばかりに。
それでもポラリスは努力をやめない。
手を抜くことは、エッセンに対する裏切りだと思うから。
「やあ、ポラリス」
ランキングボードの手前で、金髪のキラキラした男が手を振った。中性的で整った顔、白い歯を覗かせる笑顔、金色の軽量鎧。全てにおいてキラキラである。
「なにかしら」
「つれないなぁ。まあそんなところも君らしいよね」
「ウェルネス、用がないならどいて」
「返事を聞こうと思って、ね。どうかな、考えてくれた? 僕のパーティに入る件なんだけど」
ポラリスはキッと睨みつける。【氷姫】の二つ名は。にこりともしない口元と鋭い目つきから付けられたのではないか、と思わされる。
「悪い話じゃないと思うんだ。僕は七十三位。他のメンバーも三桁以上の有望株を揃えている。ここに君が加われば、迷宮都市でもトップクラスのパーティになれる」
「言ったはずよ。私は誰とも組む気はないわ」
七十三位という順位は、全体で見れば最上位に違いない。しかし、ポラリスはもっと上だ。
パーティに加入する理由はなかった。
ダンジョンは難易度が上がるほど、一人での探索が難しくなってくる。
そこで、複数人でパーティを組んで役割分担をする場合も多い。四人から六人程度のパーティが多いが、中には数十人規模で行動する冒険者もいる。
だが、ポラリスを含めて十傑に数えられるような天才奇才たちは、むしろ一人を好む。突出しすぎた才能は、集団行動に向かないのだ。
「僕は君を気に入っているんだよ? 僕は必ずもっと上に行く。それこそ、ポラリスの順位だって超えるつもりだ。その時になって泣きついてきても――」
「もう一度言ってあげるわ。あなたのパーティに興味はないの。どいて」
「……っ。また誘いに来るから、よく考えておいてよ。一番良い選択が何なのか、聡明な君ならわかるはずだ」
少し声を低くしたウェルネスは、最後にそう言い捨てて立ち去った。
ポラリスは視線をすぐに外した。もう、彼の姿は意識の外だ。
ランキングボードの前に立つ。彼の名がたしかにあるのを確認してから、一等地に構える家に帰る。それが彼女のルーティンだ。
しかし。
「え……? うそ……」
いつも彼の名前があるランキングの一番端には、違う名前があった。
「エッセンじゃない? まさか……」
最悪の想像が脳裏をかすめる。
名前が消えた。それはすなわち、ランキング対象ではなくなったことを意味する。
死か、引退か。
「いきなり冒険者をやめた……? いえ、そんなはずがないわ。エッセンが諦めるわけない。でも、それなら……違う。エッセンは死んだりしない。そうよ、きっとランキングが上がったんだわ」
一縷の望みをかけて、ランキングを遡っていく。
彼が戦えないことは知っている。四年間も最下位に甘んじていたのだ。いきなり順位が上がるなんて、そうそうあり得ない。
そう思っていたのに、五千ほど遡ったところで、ついに発見した。
『91992位 エッセン』
それを見た瞬間、ポラリスは踵を返した。
「エッセン!」
口元にわずかな笑みを浮かべながら。
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