第3話 新たなスキル
血だらけの口元を拭って、フォレストウルフの死体から離れる。木の幹を背にして、座り込んだ。
興奮がなかなか収まらない。水を飲んで、息を整える。
「そういえば、さっきの声はなんだったんだ?」
旅神の声が聞こえた気がする。
「もしかして、あれが神託か……? 新しいスキルを手に入れた時に聞こえるという」
旅神の加護を受け冒険者になった者は、誰でも最低一つ、ギフトを授かる。
そして、そのギフトをによって発動できる技が“スキル”だ。だが、俺は今までスキルを一つも使えなかった。
「うわぁ、ちょっと感動する。俺もちゃんと冒険者だったんだな」
話には聞いていたが、どこか別世界のことのように思っていた。
スキルは滅多に手に入るものではない。しかし一度取得すれば永久に使うことができ、戦闘を優位に進めることができるのだそう。さらに、身体能力が上がる場合もある。
「えっと、たしか……“フォレストウルフの大牙”」
そう口に出した瞬間、口元に大きな違和感を覚えた。
「ん? ……うぉっ!?」
手で触れてみると、俺の口には上下に二本ずつ、硬い牙が生えていた。
まるで本物の狼のようだ。
さっきは無我夢中で気づかなかったが、すんなり首を噛み切れたのはこれのおかげか?
「つまり、フォレストウルフの牙を出すスキルなのか……」
解除、そう念じると、牙は消え元に戻った。
「状況的に、フォレストウルフを食べたから手に入れたのかな。でも、今まで魔物の肉を食べてもスキルを取得したことはない。……いや、魔物を生きたまま食べたのは初めてだった」
普通、そんなことする機会ないしな……。
一部の美味しい魔物を除いて、魔物の肉は捨てられる運命だ。人体には毒になることも多い。
俺はギフトによってどんな肉でも食べることができたから、食費を浮かすために食べていたけど……。さすがに、生きている魔物に食らいついたことはなかった。
「つまり、生きた魔物を食べることでスキルを取得できるのか……?」
フォレストウルフを食べたことで手に入れたのは“フォレストウルフの大牙”というスキル。
なら、他の魔物を食べれば、違うスキルも手に入るかもしれない。
「試してみるか」
木に手を突きながら立ち上がる。
身体はところどころ痛いが、大きなケガはしていないようだ。爪で引っ掛かれたところだけ応急処置を施す。
フォレストウルフの死体は放置して、森を歩きだした。
ダンジョン内の死体は、日が暮れると消滅する。だから、放置しても問題ないのだ。
「魔物から逃げるために覚えた索敵だけど、探すのにも便利だな」
ダンジョンと言えど、構造は普通の森とそう変わらない。
足跡などの痕跡を辿って十五分ほど歩くと、ウサギ型の魔物……フォレストラビットを発見した。
「二匹か……よし」
この森で一番弱い魔物だ。
しかし身体が小さく動きが素早いため、捕まえるのは容易ではない。その上、有用な素材が取れないため無視されることの多い魔物だ。
「“フォレストウルフの大牙”」
スキルを発動し、牙を出現させる。
親指ほどのサイズなので自分の口に刺さりそうで怖い。でも、上手いこと噛み合って自傷することはなさそうだ。
二匹のフォレストラビットは低木の下で身を寄せ合っている。普通のウサギと違う点は、体表が苔のような植物に覆われていることだ。そのため、目を凝らさないと見えない。
だが、戦闘能力はない。
「すぅっ」
息を短く吸って、木陰から飛び出した。
心なしか、以前より身体能力が上がっている気がする。これもスキルの効果か?
フォレストラビットはぎょっとして飛び上がると、散り散りになって逃げだした。
俺は片方に狙いを定め、一気に接近する。
まるで先ほどのフォレストウルフのように、腕を前に出して飛びついた。首元を地面に押さえつける。
「悪いな」
動きを止めたフォレストラビットに、大牙を突き立てた。苦みのある草の香りが口の中に広がった。
柔らかい肉が喉を通って、腹の中に収まる。
『スキル“フォレストラビットの健脚”を取得しました』
直後、声が降って来る。
「やっぱり、生きたまま食べるのが条件か!」
フォレストウルフが特別だったわけではないようだ。
短時間に二つもスキルを手に入れたことに興奮しながら、“フォレストラビットの健脚”を発動する。
「おお、足が軽い!」
それだけじゃない。
ズボンを捲ると、ふくらはぎがウサギのような毛に覆われていた。
「魔物の能力が手に入るギフトってことか……? これ、もしかしてかなり強いんじゃ……。なんで今まで気が付かなかったんだろう」
四年も無駄にしてしまった。
ハズレだと思っていた“魔物喰らい”のギフトは、無限の可能性を持つ有用なものだったのだ。
「これなら……俺は、上を目指せるかもしれない」
牙と足。身体の二つの部位に魔物の力を宿した俺は、ぐっと拳を握りしめた。
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