第2話 魔物を喰らえ

「……っ!」


 慌てて振り向く。


 視線の先、木々の合間から、フォレストウルフの姿が見える。

 そして……襲われている女性の姿も。


「くそっ」


 認識してすぐに、俺はナイフを手に地面を蹴った。


 女性は、装備から察するに新人の冒険者だろう。俺と同じように、腰袋に薬草の束が刺さっている。


「いや、いやぁああああ」

「グルルァ」


 フォレストウルフは女性に覆いかぶさり、足で身体を押さえつけた。

 女性は足をばたつかせるが、フォレストウルフの拘束はきつく抜け出せない。大きな顎が、よだれを垂らして女性に迫る。


「今助ける!」


 なんとか間に合った!


 駆け寄って、そのままの勢いでフォレストウルフの横っ腹を蹴りつけた。

 ギフトがなくても気を引くくらいはできる。フォレストウルフはよろめいて、女性の拘束が緩んだ。


「はっ!」


 すかさずもう一度。思い切り蹴り上げて、フォレストウルフを退かせた。

 たまらず、フォレストウルフが飛びのく。


「今のうちに起きろ!」

「は、はいっ」


 フォレストウルフは俺を警戒してか、後退して身を屈めた。

 俺はナイフを構えて対峙する。


「君、走れるか?」

「え、あの、腰が抜けて……」

「ゆっくりでもいい。俺が時間を稼ぐから、ダンジョンの外に出ろ」

「わかりました。あの、ありがとうございます」


 なんとか立ち上がった女性は、顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら頷いた。

 背後で少しずつ足音が遠ざかっていく。


「なんとか助けられたか……」


 フォレストウルフの視線は、完全に俺に向いている。

 


「グルルルル」

「さて、少し俺と遊ぼうぜ」


 ま、遊んでもらうのは俺のほうかもしれないけど。


 俺の攻撃力じゃ、フォレストウルフを倒すのは難しい。怯ませる程度が限界だ。

 時間を稼いで、あの子が逃げる時間を作る。その後、俺も逃げる。それしかない。


「行くぞ」

「グルァアア」


 俺の言葉が合図のように、フォレストウルフが跳躍した。

 牙を煌めかせて、まっすぐ飛びかかる。


「く……っ」


 横に転がることで回避。すぐに起き上がり、ナイフをフォレストウルフに突き立てる。

 だが、毛皮の上を滑って上手く刺さらない。


「俺に剣士系のギフトでもあれば!」


 ないものねだりだ。


 フォレストウルフなんて、戦闘に向いたギフトを持っていれば子どもでも倒せる魔物なのに。

 幼馴染が半日足らずで飛び越していった壁を、俺は超えることができない。


「でも、俺だって四年間の経験があるんだ。魔物から身を守る術くらい……」


 落ち着け、フォレストウルフはそれほど素早い魔物ではない。

 視線を盗むんだ。動きを予測すれば、回避は容易い。

 襲われるのは初めてじゃないんだ。慎重に……。


「え?」


 ふわり、と身体が浮いた気がした。


 足元を見ていなかった。地表に浮き出た太い根に躓いて、後ろに倒れこむ。


「グルルルル」


 その隙を逃すわけがない。

 咄嗟に手をついた俺の元に、フォレストウルフが迫る。


「くそっ!」


 ナイフは……だめだ、間に合わない。

 フォレストウルフは前足で俺を押さえつけ、牙を覗かせる。俺にはそれが、笑っているように見えた。唾液がだらりと垂れ、俺の頬を濡らす。


「終わりなのか……?」


――喰らえ。


「ああ、俺は結局、ポラリスとは住む世界が違ったんだな」


――喰らえ。


「なんだよ、うるさいな。喰われるのは俺だよ」

「グルァアア」


――肉を喰らえ。


「“魔物喰らい”の俺が喰われて終わるなんてな……」


 フォレストウルフは味見をするように、俺の頬を舐めた。俺が抵抗をやめたのを悟って、遊んでいるのだ。

 口の中がよく見える。俺は今からこの喉を通って、こいつの血肉になるのだ。


 そう考えると……怒りが湧いてきた


「嫌だ」


――喰らえ。


「俺はポラリスと一緒に、冒険者のトップに立つんだ。笑われるくらい大きな夢でも、あいつと約束したんだ」


――喰らえ。


「お前に食われてなんかやらない」


――魔物・・を喰らえ。


「俺が喰ってやる」


 ペロペロと頬をまさぐるフォレストウルフの舌に、思い切り噛みついた。


「グゥアアアア」


 離さねぇよ。

 魔物と言えど、舌まで強靭というわけではないらしい。

 顎に力を入れて、噛みちぎった。どろりとした血と少し硬い肉を呑み込む。


『“魔物喰らい”の効果によりスキル“フォレストウルフの大牙”を取得しました』


 旅神の声が脳内に響き渡る。


 何か言っているようだが、気にしている余裕はない。

 のたうち回るフォレストウルフに、今度は俺が覆いかぶさった。


「なんだか今、すげー腹減ってるんだ」

「グルァアア」


 口を開けて、喉元に歯を突き立てた。

 硬い表皮のはずなのに、すんなりと肉がえぐれる。非常に不味いが、俺は噛みちぎって呑み込んだ。


『“フォレストウルフの大牙”がLV2に上がりました』


 フォレストウルフは悲鳴を上げて暴れる。

 爪が俺の腕に突き刺さるが、気にせず捕食を続ける。


「そうか。そうだったのか……。このギフトは」


 フォレストウルフの息は次第に荒くなっていき、動きが鈍る。

 首から流れる血が地面を円形に染め上げた頃、フォレストウルフは完全に絶命した。


「このギフトは、魔物を生きたまま・・・・・喰らうギフトだ」


『“フォレストウルフの大牙”がLV3に上がりました』

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