第2話 報われない恋だとしても……

 私――小泉咲良こいずみさくらは、1つ年上の先輩――牧野祐樹まきのゆうきに恋をしている。


 そう気づいてから数日経ったある日、私はとんでもない現場を目撃してしまった。

 牧野先輩が、すごく美人な女の人と並んで歩いていたのだ。


 私はただ友達とショッピングを楽しんでいただけなのに。

 それなのにどうして、こんなに嫌な思いをしなければいけないの?

 誰か、教えてよ…………


「牧野先輩……」


「あ、小泉! 奇遇だな!」


 牧野先輩はすごく美人な女の人と並んで歩いているにも関わらず、私に笑顔で接してきた。

 隣にいる女の人は、私のことを「誰こいつ」という感じの怖い目で私を見つめている。


 ……すごく怖い。


「えっと……隣の人は……?」


「あ! こいつは俺の――」


「私は祐樹くんの彼女ですが、何か?」


 グサリ。


 やっぱり、牧野先輩には彼女がいたんだ。


 まぁ、それはそうだよね。

 だって牧野先輩はすごくかっこいいし、見ず知らずの私に優しくしてくれるほどお人好しだし。

 そんな人に恋人がいないわけがない。


「先輩ごめんなさい。私、帰ります」


「え……ちょっ、ちょっと!」


 それからは頭が真っ白になって、涙が溢れながらも街を走り回った。


 一緒にいた友達も置いてきちゃったし、これから私はどうすればいいんだろう。

 家に帰っても塞ぎ込んじゃいそうだし……


 はぁ……私、失恋したんだ……

 初恋だったのになぁ……


 それにこんなにも呆気なく私の初恋が終わるなんて、思わなかった。

 一瞬だったな……私の初恋。


 でも、折角初めての恋をしたんだ。

 すごく、ものすごく辛いけど、私の初恋を無碍むげにはしたくない。


 振られるに決まってるけど、明日告白しよう。


 そして伝えるんだ、私の気持ちを。

 私が牧野先輩を好きになったという事実を。



 次の日、私はいつもより学校に早く行って、牧野先輩の靴箱を探していた。


「牧野……牧野……牧野……あ、あった!」


 3年生は全部で8クラス。

 1組から順に探していったが、不運なことに3-8の靴箱の場所に牧野先輩の靴箱はあった。

 8クラス全部の靴箱を見て、牧野と書かれてあった靴箱は1つしかなかったから、間違いないだろう。


 そしてその靴箱を開け、昨日泣きながらも頑張って書いた手紙を入れる。

 直接想いを伝えたかったため、手紙では当然想いは打ち明けない。



―――――――――――――――――――――――


 牧野先輩へ

  伝えたいことがあります。

  放課後、屋上に来てください。 小泉咲良


―――――――――――――――――――――――



 何度も何度も書き直して、ようやく出来上がったこの手紙。

 期待なんて1ミリもしていないけれど、想いくらいは伝えさせて欲しい。


 彼女さんごめんなさい。

 どうしてもこの想いを伝えたい。

 邪魔になっていることは承知の上ですが、どうか今回だけは許してください。



 放課後になった。


 今日の授業は全然集中することが出来なかった。

 先生や友達にすごく心配されたけど、私は緊張しすぎて授業どころじゃなかったのだ。


 1秒、1分がすごく長く感じられて、時間が経てば経つほど緊張が強くなっていった。

 放課後になったことを知らせるチャイムが鳴った瞬間なんて、緊張しすぎて頭がおかしくなるかと思ったくらいだ。


「ふぅ……」


 とりあえず深呼吸……したけど全然変わらない。


 周りは皆帰るか部活に行くかで、どんどん教室から人がいなくなっていく。

 そしてとうとう1人になってしまった。


「そろそろ行かなきゃ……先輩待ってるだろうし」


 先輩の貴重な時間を私のために削らせている以上、待たせるわけにはいかない。

 そう思い、荷物を持たず、ダッシュで屋上に向かった。



「せ、先輩……! お待たせしま…………」


 屋上に着き、緊張と息切れで声がかすれながらも、勇気を振り絞って声を出した。

 しかし、屋上には誰1人としていなかった。


 そう、だよね……

 彼女がいる先輩が、告白をしようとしている私のところになんて、来るわけがないじゃないか。

 どうして気づかなかったんだろう……


 屋上で風に揺られながらも、膝から崩れ落ちた。

 今までで感じたことのない絶望感が、どんどん私を支配していく。


 私の想いなんて届くわけがない。

 そんなのは分かっている。でも、伝えたかった。

 どうしてもこの想いを。


 昨日流したはずの涙が、またしても目から溢れてくる。

 昨日と今日だけで、どれだけ涙を流しただろうか。


「はぁ…………もう、帰ろうかな…………」


 どうせ待っても来るわけがない。

 どうせ想いは伝えられない。


 そう思った瞬間、息を切らしながら階段を上ってくる音が聞こえてきた。

 牧野先輩、なわけないよね……


「……小泉!!」


 急に名前を呼ばれ、涙を拭いてから声がする方を見ると、そこには髪や額に汗がついた牧野先輩がいた。


「せ、先輩……?」


「悪い! 思ったより先生を説得するのに時間がかかって、随分待たせたよな。本当にごめん! ……って、どうして泣いてるんだ……?」


 さっき涙を拭いたはずなのに、どうしてまた泣いているのかは私が聞きたい。

 多分だけど、先輩が来てくれて安心したのだろう。


「す、すいません……私、安心しちゃったみたいで……」


「安、心?」


「はい、先輩は来てくれないって思ってたから……」


「本当にごめん! さっき言ったのは言い訳だってのは分かってるけど、どうか許して欲しい!」


 私が勝手に安心して泣いていただけなのに、どうしてそんなに謝ってくれるのだろう。

 全部私がいけないのに。


「……先輩は悪くないですよ」


「それとあと1つ、謝ることがあるんだけど――」


 私の告白の返事のことだろうか。

 まだ告白していないのに、ちゃんと想いくらいは伝えさせて欲しい。


「あの! 私、先輩のことが好きです!」


「……え?」


「先輩に彼女がいることは分かってます! でも、この恋は私にとって大切な初恋なんです! 私は……たとえ報われない恋だとしても、先輩を想う気持ちは変わりません! それだけ……それだけはどうしても伝えたかったんです!」


 言った。言い切った。

 私の想いを全部、先輩に伝えることが出来た。


 でも先輩には彼女がいる。

 答えなんて聞きたくないし、さっさと帰ろう……


 そう思って、走って教室に戻ろうとすると、先輩は私の腕を掴んだ。


「……っ!?」


「俺は……! 俺も……お前のことが好きだ!」


 …………え?


「昨日、俺の隣にいた女は俺の彼女じゃない! あいつはただの義妹だ! だから……! 俺と付き合ってください!」


 …………え?

 …………彼女じゃない、の?

 …………それに先輩、私のこと好きって……


「……え? 嘘、ですよね?」


「本当に決まってるだろ! 嘘で告白なんてするわけがない!」


「ほ、本当、ですか……?」


「ああ!」


 あまりにも予想外の出来事で、頭が真っ白になってしまった。


 昨日なんて彼女がいるって知った瞬間、死ぬほど悲しくてあんなに泣いたのに。

 死ぬほど苦しくて、今日だって本当は学校に来たくなかった。

 それでも先輩にこの気持ちをどうしても伝えたくて、頑張って学校に来た。


「よかった……! よかった……!」


 私はまたしても先輩の前で泣いてしまった。

 こんな恥ずかしい顔を見せたくはないけれど、止まらなかったのだ。


「本当に色々とごめんな……それと、これからよろしくな、


「はい……! こちらこそよろしくお願いします! !」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たとえそれが報われない恋だとしても、私があなたを想う気持ちは変わらない 橘奏多 @kanata151015

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ