陛下は調査に乗り出す

 一度城に戻り爺に報告を終えてすぐ、バルドはその日のうちに調査に乗り出した。

 城下から城壁の外へと出て二時間ほど。賊の住処があったとされる山の麓へ。

 滅多に人が立ち寄ることもなさそうな山道は周囲を林に囲まれ、木々と草花たちが無造作に生い茂っていた。


「……………………」


 バルドにはずっと嫌な予感があった。それがいまだに拭えない。

 行き先不明の密輸された武器。

 その密輸品を摘発した第一師団にいたマリーヤの兄ジェダ。

 マリーヤの印象とはかけ離れた、ジェダの皇帝批判。

 そして――反乱の可能性。

 そのどれもほぼ同時に発覚したせいなのかは分からない。だが、交わるはずのない線達がどこかで繋がっている。そんな気がしてならないのだ。

 もしそうなのであれば、マリーヤの兄ジェダは――一連の事件に深く関わりがあるのではないだろうか。


「……このあたりでよいだろう」


 険しい山道をある程度登ったあたりで、バルドはふと立ち止まる。

 大きく深呼吸し呼吸を整え体のうちに意識を集中。魔力を練り上げ、手の平に集めていく。

 唱える魔法は、闇属性の魔法だ。


「《シャドウ・トレース》」


 呟くような詠唱をきっかけに、手の平の魔力が膨れ上がりドーム状に展開されていく。

 闇属性の魔法シャドウ・トレース

 人や生物の残した痕跡や、僅かな魔力の残滓をもとにその人物や生物がどういった行動を起こしたのか、魔力で出来た影が形作る魔法だ。

 時間が経てば経つほど痕跡や魔力の残滓は消えやすく、街中では多くの人々が闊歩し痕跡も残りにくい。そのため使用の難しい魔法なのだが――


「よかった。まだ残っているな」

 

 あまり人が立ち入らない山道故に、足跡や魔力などの残滓の痕跡が残っていたようで、山道の各所に人々の形をした影が彫像のように浮かび上がっていく。

 それでも浮かび上がった人の形は一部分だけ。体の一部が欠けていたり、上半身や下半身が浮かび上がらない影もある。


「人気のない山道とは言え、やはり残滓が薄まってきているか……」


 それでも、数名の影が隊列を作って山道を進んでいることは分かった。


「二列の縦隊……十名ほど、か」


 隊列に乱れはなく、装備も整っている。恐らく第一師団から送られてきた賊の討伐隊なのは間違いない。彼等の影が道筋に沿って山に登っていく様子がところどころに残っている。

 その後を追うように、バルドも再び山道を進んでいく。

 整備はされていても急な斜面に近い山道。バルドも息が上がりながらも進み続け、そろそろ現場となった小屋の近くという場所に来た時だ。


「ん……?」


 行く手の先に、おかしな痕跡が浮かび上がっていた。

 山道の途中、分かれ道もないのになぜか隊列の影が立ち止まり、顔を見合わせている。


「相談か……? なにか話をしていたようだな」


 影はあくまでも痕跡を再現した彫像に過ぎない。かつての痕跡を彫像のような形で真似ているだけで、話している内容まで分からないのだ。

 バルドは周囲を注意深く見回してみる。すると山道から逸れた斜面に林をかきわけ登る、一人の影の痕跡があった。


「斥候……? それとも部隊を分けて挟み撃ちにでもするつもりだったのだろうか……?」

 

 彼等が実際になにを話していたかは分からない。

 しかし、部隊から離れ、別な動きをしていた者がいるのは確かなようだ。

 果たしてそれがジェダなのか、それとも――


「キャーッ!?」


 その時、山道の奥から悲鳴が上がる。

 その声にバルドは聞き覚えがあった。


「今の声は……まさかマリーヤ!?」 

 

 バルドは《シャドウ・トレース》を切り、すぐさま山道を駆け上がった。


          ※


「な、なんですか貴方達は!?」


 山小屋の前、マリーヤは顔を頭巾で隠した男達の集団に取り囲まれていた。

 各々剣を手にした男達のなかから一際偉そうな一人が前に出てくると、乱暴な口調でマリーヤに尋ねる。


「貴様がジェダの妹か」

「どうして、ジェダ兄さんのことを……」

「ジェダからもらった手紙があるな。それをよこせ」

「い、イヤです……いきなりなぜ……」


 マリーヤの答えを聞き、男達は互いに顔を見合わせ頷く。そして――


「……構わん。殺して奪い取れ!」


 突然、男は斬りかかった。


「――ッ!?」


 容赦なく振り下ろされた剣。

 咄嗟に身を屈めたことで、転がってなんとか斬撃を避けられたマリーヤ。しかし所詮は咄嗟の行動。前に出たことで躓いてしまい、その場に倒れてしまう。

 その隙を男達は見逃さない。

 今度こそはと、マリーヤの首めがけ剣が振り下ろされる。


「グワッッ!?」


 苦痛に歪む声を上げたのは、襲ってきた男の方だ。

 どこからか飛んできた石が男の手に直撃し、剣は振り下ろされることなく、地面に落ちてしまう。


「マリーヤ、無事か!?」


 現れたのはバルド。

 マリーヤを守るように背にし、男達の前に立ち塞がる。


「誰だ貴様!?」

「それはこちらの台詞だ。貴様等、何故彼女を狙う」

「構わんコイツもやってしまえ!」


 聞く耳持たず襲いかかる男達。

 バルドも魔法で刃を無くした剣を抜き応戦にかかる。


「ん――ッ!?」


 しかし、若き皇帝に衝撃が走る。

 振り下ろされた剣をバルドの剣が捌き、腕に一撃を入れようとして――それが入らない。

 バルドの攻撃を相手の剣が防いだのだ。

 そこから二合、三合、四合と打ち合いようやく胴に一撃が入る。

 倒れる男の背後をバルドは睨む。

 

「貴様等のその剣捌き……その辺のゴロツキや賊ではないな」

 

 バルドなら大概の相手は二合と打ち合うことなく、斬り伏せられる。

 しかし素顔を隠したこの男達はそう簡単に打ち込めない。ある程度の腕がある、戦う訓練を受けた者の動きだ。


「イヤァッ!」


 再び襲いかかってきた相手の剣を受け、二合三合と打ち合い肩に一撃。

 隙を狙ってきた相手も二合と打ち合い倒す。


「おのれぇ!」


 リーダー格であろう男が怒りに震え、バルドに襲いかかる。

 上段からの斬り降ろし。振り下ろされる剣をバルドは剣で受ける――とみせかけ、体をそらし剣戟を受け流し、首筋に手刀を放つ。

 しかし、相手もただ者ではなかった。


「――ッ!」


 剣戟が受け流され体制の崩れた状態で僅かに首を捻り、バルドの手刀をギリギリのところで避けたのだ。

 その体捌きに驚くバルドだが、すぐに別な驚きがやってくる。

 

「クッ……!?」

 

 首筋を外した手刀は、頭巾の紐を切っていた。男の顔を覆っていた頭巾が外れ、素顔が露わになったのだ。 

 リーダー格の男もとっさに手で隠しながら、すぐさま指示を飛ばす。


「退け、退けぇっ!」


 撤退の合図に、襲撃者達はすぐさま引き始める。

 倒れた仲間を担ぎ、林の中へ。

 バルドは、あえて彼等の背中を追うことはしなかった。

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