陛下、ありのままを告げる
「そんな……嘘です!」
マリーヤの悲痛な叫びが、サクラ亭に響き渡る。
店主に店員、そして客までも、何事かとバルドとマリーヤの二人がいる席を伺った。
「落ち着いてくれマリーヤ。ショックなのは分かる」
「兄が……ジェダ兄さんが死んだなんて……ッ!」
「おいマリーヤ!」
彼女は涙を浮かべ立ち上がり、サクラ亭を飛び出した。
後を追いかけようとバルドも外へ出るが、通りを見回しても、彼女の姿は既にどこにもなかった。
「旦那……」
心配そうに店から顔を出してきたのは、サクラ亭の店主だ。
「……すまない、店を騒がせたな」
「そりゃあいいんですがね……さっきの話、ホントのことなんですかい……?」
「ああ…………残念ながら……」
ガスタインから報告を受け、バルドはありのままをマリーヤへと伝えていた。
ジェダのいた部隊は、賊の討伐のためアジトを襲撃。その際に賊達との間で戦闘が発生し、両者入り乱れる激しい乱戦に。
激しい戦闘の末、賊の討伐には成功したものの――唯一帰らぬ者がいた。
それこそがマリーヤの探す兄、ジェダである。
「そんな……そんなこと、あっていいんですかい」
「…………………」
「たったこの数日の間だけどよ、あの子は一生懸命働いてたんだ。お兄さんのことを探したくてたまらないはずだったのに……それが、待ちに待ってた手がかりがこんなことって……」
情に厚い店主は、まるで自分のことのように涙ぐむ。
「二人っきりの兄妹だっていうのに……こんなの、こんなのっ、あんまりじゃねえかよ」
「ああ……まったくだ……」
バルドもまた、気持ちは同じである。
自分の知らない場所で散った命、報告書に書かれた無情な数字。
そこには確かに生きた人がいる、人ならば家族も兄妹も、大切な人は必ずいる。
やるせなかった。なにも出来なかった自分が。こんなことを告げるとしかできない皇帝の力が。
人々の往来を縫うように、冷たい秋風がバルドの頬を撫でていく。
「……今は、そっとしておいてやろう」
「そうですな……旦那も冷えるといけねぇ。さ、中に」
「ああ」
店主に案内され、バルドも店へと戻ろうとした時だ。
「バルド様……」
店の角からバルドを呼ぶ声がする。
一般人に扮したクロエであった。
「バルド様、ご報告したきことが」
彼女がこうして呼びかけてくるということは、調査になんらかの進展があったのだろう。打ちのめされた心を引き締め、バルドは言った。
「……分かった。ここではなんだから場所を移そう」
二人はサクラ亭を離れ、路地裏へと隠れるように入っていく。
※
サクラ亭から少し離れた公園で、バルドは改めてクロエの報告を聞いてみた。
しかし、その内容にバルドも驚きが隠せなかった。
「お前達ほどの者でも、密輸品の搬入先が分からぬと?」
静かに頭を下げるクロエ達影追人の調査能力は並の手腕ではない。先日の放火事件の際も、一夜のうちに捕らわれたエルフの所在を掴めたほどだ。
そんな彼女達ですら詳細が掴めぬとなれば、相当なことである。
「面目ございません……ですが、一つ奇妙なことが」
彼女が続けた言葉は情けない弁明などではなかった。
「回収した密輸品なのですが、どういうわけか奪い返そうと動く者や、奪われたことを騒ぎ立てるような輩まで、不思議と現れる様子がありません」
密輸してまで運び入れた物なら、取り寄せた者にとっても大事な物のはず。まして衛兵達が没収したのは一度や二度でない。
となれば、奪われた張本人達から何らかの反応があってもいいものだ。
「屯所から奪い返すのは難しいにしても、そういう動きを見せる者が一切出て来ないというのは、さすがに妙だな……」
「はい。これではまるで――運び入れることそのものが目的のようにも思えます」
「港への密輸は手段ではなく、目的だった、か……」
それならば受け取るはずだった人物がいないのも頷ける。
だが、ただ武器を運んでたところで一体なんになるというのか。
「現在、密輸品を積み込んだ港の方にまで手を回しております……それと、ジェダという兵士についてなのですが」
マリーヤの兄のことを今更聞いてもどうしようもないことではあったが、それでもバルドは彼女の報告に耳を傾けた。
「第一師団に所属していた兵であることは、裏も取れております。また、賊の討伐任務の報告書も確認できました。ですが、こちらも少々妙なことが」
「妙? 偽造された形跡などもないのだろ?」
「それは間違いなく。任務の報告書それ自体に改ざんの形跡はありません。妙な事というのは、報告書にあった現場のことです」
「現場……つまり賊のアジトのことか」
まさかそこまで調べていたとは。バルドも驚きであった。
ガスタインの言葉を信じていなかったわけではないが、クロエも密輸の件で成果を出せないことから、意地でも調べ上げようとしてくれているのかもしれない。
「現場となった賊のアジトらしき場所を調べてみたのですが、どうも戦闘の形跡が見られないのです」
「どういうことだ? 報告ではかなりの乱戦になったのであろう?」
「はい。しかし報告書にあったアジトの場所には小さな山小屋があるだけ。しかもそこには血の跡もなければ、押し入った形跡もありませんでした」
賊がその山小屋を根城にしていたとするならば、少なからず痕跡は残るはず。まして、クロエ達影追人が、そんな痕跡を見逃すなどありえないことだ。
(現場を、隠蔽した……?)
一瞬、そんな想像が頭を過る。だが密輸品の件と同様、そんなことをして一体なんの意味があるのかが分からなかった。
「バルド様……」
「ああ。どうにもきな臭さが拭えん……」
霞にかかったような、見えぬ何かが真実を遮っているようだった。
なにより受け取り手のいない密輸品、そしてマリーヤの兄ジェダ。共に関わっているのが第一師団というのも気にかかる。
「……余も、その現場を見てみよう」
こうなれば直接出向くほかない。
短く返事を返すクロエであったが、その表情に僅かに心配の色を滲ませる。
「ですが現場は城下の外になります。さすがにそこまで行くとなると……」
現場までは日帰りで帰ってこれる距離ではある。
しかし城どころか城下を離れるとなると、さすがに爺には一言直接告げるべきだった。むしろクロエを介して伝えようものなら、また烈火のごとく怒りかねない。
「……止むを得んな。一度城に戻って準備を整えよう」
バルドの足は、城へと向けられた。
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