玉座に座る陛下

 そこは城の中で最も厳かで、最も緊張感の漂う場所。

 天井には光が差し込む巨大な天窓。壁には決して華美にならない程度のほどよい装飾。床には敷き詰められた白い大理石。

 等間隔で並べられた燭台と、敷かれた一本の赤い絨毯が導くそこはこの帝国にあって最も権威があり、唯一その人物が座ることを許された席へと続く道。


 ――玉座の間。


 アリエスト帝国皇帝として、その権威を示す公の場である。


「皆の者――面をあげよ」


 落ち着き払った声が広間に響く。

 年季のかかった玉座に座る、皇帝バルドロメオことバルドは普段とは違う、いわば皇帝らしさを前面に出していた。

 纏う厳かな雰囲気から、言葉選びに話す速度に至るまで。執務に挑むバルドとはまるで別人のような張り詰めた緊張感を漂わせている。

 そんな玉座のある高台から踏み台を三段ほど下へ。そこには装いを正し恭しく膝をつく人々が。

 先頭で膝をつく男性が許しを得てゆっくりと顔を上げると、後ろに控えた部下達もそれに続いていく。息をするのも躊躇われる張り詰めた緊張の中、皇帝バルドが口を開く。


「アリエスト帝国第一師団団長、騎士ガスタイン」

「はっ」

 

 戦闘で膝をついていたガスタインと呼ばれた男性が、短く返事を返す。

 騎士と呼ばれるだけはあり、体は巨人のように大きく、バルドよりも歳のいった中年男性だ。体にたるみはなくしっかりと鍛え上げられたくましく、いかつい表情が、まさに軍人の中の軍人と言い放っているようだった。


「武器密輸の件、詳細の報告ご苦労である」

「もったいなきお言葉でございます」


 バルドは、落ち着き払った様子で告げていく。

 

「恐らく今後も似たような事が起こり、それに伴って反乱などよからぬ企てを企む者が現れることも考えられる。城下の守備を一手に担当する第一師団の健闘には、今後も期待するところ、大である」

「ははっ! 陛下のご期待に添えるよう、一層気を引き締めて参ります」

「よろしい」


 小さく頷く皇帝バルドロメオ。


「しかし、それとは別にもう一つ」


 その表情がより一層引き締まった。

 

「昨今、城下の兵達の素行の悪さが目立つ」

「………………」

「協力すべき自警団所属の女性に言いがかりをつけ、火災などの緊急時の対応の遅れ、そして女性に対する暴行まがいな行為など、余の耳にもいくつか入ってきておる」

 

 いかに城下を守る兵士といえど、立場を振るい翳して傲慢に振る舞うような行いを、バルドは決して許さない。

 国は多くの臣民達によって支えられてこそ。兵や騎士達はそれら弱き人々を守っているに過ぎず、偉ぶるための地位ではないのだ。


「臣民を苦しめ、信頼を損なうような行いはさすがの余でも目に余る。これは城下の衛兵達をとりまとめ、指導するお主の役目でもあるぞ」

「畏れながら申し上げます、陛下」


 ガスタインは、恭しいまでの態度を示しながら、あくまでも丁寧な口調で答える。


「先の募集によって集まってきた者達の多くは地方であぶれた、いわばならず者やガラの悪いゴロツキまがいな者ばかり。それ故そういったトラブルやいざこざを引き起こしやすいもの。それはご理解いただけているものかと」

「ガスタイン、貴様!」

 

 傍に控えていた爺が怒りを露わにする。

 その姿を、玉座のバルドは視線だけで追う。


「ここは玉座の間、よりにもよって公の場で陛下の政を批判するか!」

「批判などと畏れおおい。私はただ事実を申したまで」

「ええい、ぬけぬけと!」

「爺、やめぬか」


 怒る爺を、玉座の上からバルドが制止する。

 そして、再びガスタインへと視線を向ける。


「ガスタイン。貴公の言葉、忠言として余も心に留めておこう」

「ははっ。陛下の心遣い、痛み入ります」

「しかし、この施策を今後続けるにしても正すにしても、貴公のやることは変わらぬ。どのような出自であれ、一度帝国の兵となった以上兵達の規律を正すのはお主の役目。そのことを忘れるでないぞ」

「はっ、しかと、しかと承知致しました」


 恭しく頭を下げるガスタインを見下ろしながら、バルドは要件の終わりを告げる。


「話は以上だ。もう下がって良いぞ」

「は、失礼致します」

 

 ガスタインが、軍人らしくキビキビと立ち上がる。背後で控えていた部下達も立ち上がり、彼等はバルドに一礼をする。

 緊張していた空気が僅かに緩むなか、ガスタイン達は振り返り、広間の扉へと向かおうとした時だ。


「ああ、そうだ。少々聞きたいことがあったのだ」


 バルドが、ガスタインの足を引き留めた。

 わざわざ要件を終えた後に切り出したのは、これは公務ではないあくまでも私的なこと。そう断った、バルドなりの心遣いでもある。

 振り返るガスタインが再び膝をつこうとするのを手で制止しながら、バルトは普段の優しい口調に戻し尋ねた。


「ガスタイン、集められた兵達の中で、ジェダという若者は知らぬか?」


 師団長という立場は大勢の兵の上に立つ役職だ。そのため末端の兵達一人一人のことまで把握しているとは限らない。

 それ故にバルドも、そこまで答えを期待していなかったのだが――


「陛下……なぜあの者のことをご存じなのですか?」


 意外にも、ガスタインはその名を知っていた。


「いや、知り合い伝手に聞いた話でな。なんでもその者の妹が、兄を探しに城下に来ているらしい」

「そう、でございましたか…………いえ、彼のことは私もよく存じ上げております」


 彼を知っているばかりか、妙に驚く様子さえ見せるガスタインがそのまま続ける。


「そのジェダという若者、先程申したようなヤクザ崩れの多い兵士希望者達の中でも、珍しく正義感にあふれた真っ直ぐな好青年でした」

「ほう」

「兵士の仕事に似合わぬ開拓作業や街道の整備などを嫌がりもせず、真面目に働く様をよく覚えております……まあ、少々陛下に心酔している様子も窺えましたが……」


 マリーヤの話とも一致する。

 どうやら本人で間違いなさそうだった。


「ああいった正義感と熱意ある者こそが、未来の帝国を支え担っていく者だと私も思っておりました……それだけに、残念でなりません……」


 どこか喜ばしく話していたガスタインであったが、その表情が徐々に暗く渋いくなり、発する言葉も歯切れが悪くなっていく。


「どういうことだ、ガスタイン?」

「……一ヶ月ほど、前のことです」


 意を決し、彼は再び話し出す。


「城下の外で暴れていた賊の討伐のため兵達を向かわせました。その部隊の中には彼もいたのですが……」


 どこか言いにくそうにしながらも、彼はハッキリと告げた。


「討伐の最中、彼は――ジェダは亡くなったのです」

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