陛下、行きつけの店に行く

 爺から城下へ下りる許可を得てからというもの、バルドはよく入り浸る店があった。


「忙しい時にすまんな、店主。助かったよ」

「なに、いいって事よ」


 昼は大衆食堂、夜は居酒屋を営むそのお店――名をサクラ亭。

 先日、祭りの火事の際にエルフの親子を保護した店主の店である。バルドは襲われていた女性を助けた後、彼女をここへ連れてきたのだ。

 店の端にあるテーブル席には、バルドと女性そして店主の三人が座り、出された茶を飲みながら、店の様子を眺めていた。

 

「先日のエルフの母親も、だいぶ仕事に慣れてきたようだな」


 店の奥では、エルフの給仕がテキパキと仕事をこなしている。彼女は先日の

祭りの火事で助けたエルフの母親だ。

 あれからというもの、ここに娘と住み込みで働いており、その仕事っぷりはバルドも店に来る度よく目にしていた。


「ああ。しっかりとした働きもんで、うちも助かってるよ」

「なに言ってんだよお前さん」


 バルド達のテーブルにやってきたのは、店主の奥さんであり、この店の女将さんだ。


「突然エルフの親子連れ込んできたと思ったら、『うちに住まわせるぞ』なんて言い出すんだもの。この人が若い女性に手を出すような輩じゃないとは分かっちゃいるけど、何事かと思ったわ」

「バカヤロオメー、困ってる人を見捨てようなんざな、帝国臣民の名がすたるってもんよ」


 はいはい。と呆れる女将さん。


「だから私も言ってやったんですよ、バルドさん」

「ほう、なんて言ったんだ?」

「『あの子達を助けるのはいいですよ。でもその分、お前さんの晩酌を削って私と家計も助けてね」って」

「お、おいおい……その話は勘弁してくれよ……」


 尻に敷かれた店主に、大きな笑い声が店内に響く。

 恥ずかしそうにする店主がまるで誤魔化すように尋ねた。


「それより……マリーヤさんって言ったかい?」

「はい。この度は助けていただき、本当にありがとうございます」


 マリーヤと名乗る女性は丁寧にお辞儀をする。

 品格を感じさせる礼儀正しさと所作が美しく、思わず皆が見惚れてしまうほどだ。


「お礼なら、俺じゃなくバルドの旦那に言うといい」

「バルドさん、本当にありがとうございます」

「ああ、気にしないでくれ」


 二十になったばかりと彼女は言うが、歳に似合わぬ色気、そして子供のようなあどけなさが混ざり合い、不思議な雰囲気を放っていた。


「それよりマリーヤ。お兄さんを探しているとのことだったが……」


 はい、と返事をすると彼女は丁寧な口調で話し出す。


「私と兄は早くに親を亡くし、田舎で二人静かに暮らしていたのですが、国が兵を集めていると聞き、帝国の兵士になるため家を飛び出してしまったのです」

「なんでぇ……たった一人の妹を置き去りにして出ていくとは、薄情な兄貴だな」


 店主の一言に、マリーヤは慌てて言葉を返す。


「いえ、そんなことはありません。この方が兄らしいと私も思っているんです」

「そうなのかい?」

「ええ。兄は昔から皇帝陛下のことをものすごく敬愛していましたから!」

「ぶっ。ゴホゴホッ!?」

「うおっ、バルドの旦那どうしたんだ、いきなり吹き出して?」

「いや…………す、すまない、続けてくれ」


 いまだむせるバルドから続きを催促され、マリーヤも話を続ける。


「心から陛下に憧れを抱いていた兄さんだからこそ、兵の募集は兄にとっても嬉しかったと思います。だから私もそんな兄のことを応援しているんです」

「おう、健気でいい妹さんじゃねぇか」

「お前さんは調子がいいだけなんだよ」

 

 まるで夫婦漫才のように女将が店主を小突くが、不思議そうな顔で尋ねてきた。


「でもさ、なんだって皇帝陛下は今更兵士なんて集めてるんだい? もう魔獣との戦いは終わっただろ」

「ああ、それはだな――」

「よくぞ聞いてくれたってもんよ!」


 バルドの言葉を遮り、店主が膝を打って意気揚々と語り出す。


「いいかい、復興を終えたとは言え、いまだ仕事のない連中はわんさかいる。そういう連中が多いと犯罪に走りやすくて、街の治安も悪くなっちまうわけさ」

「まあ、そうだね」

「そこで皇帝陛下は職のない連中を、兵士として雇い始めたってわけさ!」


 うんうん唸る店主だが、女将の疑問は晴れてはいなかった。 


「でも雇ったところでどうするのさ。戦争もなければ、仕事だってないだろ」

「そこが陛下の腕の見せ所よ。陛下は地方の開拓や、街道の整備の仕事を格安で請け負って、そこに雇った兵士達を派遣してるのさ」

「どうしてだい?」

「え、そ、そりゃあオメー……」

「つまり、こういうことさ女将」


 言い詰まる店主に、バルドが助け船を出す

 

「まだ豊かではない地方の領主に任せてしまうと、現地で人手を雇おうにも碌な給金も出せず人も集まりにくい。結果働き手の士気も低く作業量も増えて、ずさんな出来になりがちだ」

「あーなるほど! そこを国が預かれば給金もしっかり出せて、作業に手抜きも出ないってわけね」

「おう、それだけじゃねえぜ!」


 店主が負けじと声を張る。


「兵の募集をかけるから城下には人が集まる。人が集まるから、物の出入りも増えて商売繁盛! 物が売れるって事は自然と仕入れ先の品の値段も上がるから、物価も上がって地方も潤うってな。いやー陛下の手腕はさすがってもんよ。まさに御業とはこのことよなっ!」


 店主の勢いにバルドも思わず苦笑いが溢れてしまう。なにせそれはバルド自身の考えそのものなのだから。

 しかし、バルド以外にも微笑ましい声が上がる。


「フフフッ」

「お、マリーヤさんも分かるかい?」

「ええ、なんだか懐かしくて。兄もいつもそんな感じでした。フフっ」


 少女のようにあどけなく笑うマリーヤにその場の空気が一層明るくなるような気がした。 


「ねえ、マリーヤさん。どうしたって急にお兄さんを探しに来たんだい?」


 だが女将の一言が、今まで明るく笑っていたマリーヤの顔に曇りを差す。

 彼女の表情から、もの悲しそう様子が漂いはじめたのだ。


「……兄とは毎週のように手紙のやりとりをしていたんです。それが一ヶ月前から突然、パタリと連絡が途絶えて……」

「なにか、あったのかい?」

「それが……まるで分からないんです」

「分からないって……兵隊さんになったんなら、なにかあれば国から知らせがくるだろう」


 はい、と小さく頷くマリーヤだが、その表情は暗いまま。何の知らせもないと暗に知らせているようだった。


「こんなこと今まで一度も無くて……心配でいてもたってもいられず私も故郷から城下までやってきたんです。ですが頼れる身内も、手がかりもなくて……だから同じ兵士の方々ならなにか知っているかと思い声をかけたのですが……」

 

 路地裏に連れ込まれ、バルドに助けられた。

 声に出さずとも、一同がそれを理解する。 


「そういうことだったのかい……まったく、ここ最近の兵隊さんったら、ロクでもないんだから」

「女将、そんなに酷いのか?」


 バルドが尋ねると、呆れるように女将がため息をつく。


「ホント困ったもんだよ。うちはまだいいけど、この間も近所の店がいちゃもんつけられてね、えらい騒ぎになってたよ」


 バルドが自警団のアカネと初めて会った時もそうだった。

 兵達はアカネに絡み、そのままちょっとした騒動になったのは記憶に新しい。


(あれが兵士達の全てではあるまい、などとアカネには言ったが……これは思っている以上に深刻かもしれんな)

 

 思い返せば、祭りの火事の時も兵達は自警団達よりかなり遅れてやってきた。 

 自警団の活躍があればこそではあるが、彼等はあくまでも自発的な組織。まして兵達への信頼が臣民にないのは大きな問題だ。

 これは一度、手綱を締めねばなるまい。と若き皇帝は改めて決心する。


「帝国の兵士、って聞こえのいい文句に若い連中は勘違いする奴が多くて、どうしたって、ガラの悪い連中が集まりやすいもんだ……いや陛下の施策はいいやり方なのは違いないんだがな」

「……………」

「私は、もう一度兄を探してみます」

「お、おいおい。待ちなって!」


 突然席を立とうとするマリーヤを慌てて止めようとする店主と一同。


「探すったて、どうするつもりだよ。手がかりもないんだろ」

「そうですね……とりあえず、城下を歩いて隈なく探してみようかと」

「隈なくったって……一人で調べられるような広さじゃないぞ。それに言っちゃあなんだが、人の数だって田舎なんかとは比べ物にならん」

「まあ、そうなんですか? てっきり故郷の野山くらいの大きさかと思ってました」


 などと本気で驚く様子に、店主達は唖然とさせられてしまう。


「そんなんで、人一人探すなんてのは……ちょいと無謀なんじゃないかい?」

「そうですねぇ……それならまた、兵隊さんにお聞きしてみます」


 再び立ち上がろうとする彼女を店主が慌てて防ぐ


「待った待った! さっきあったこともう忘れちまったのか!?」

「でも、兵士の人達もあんな人達ばかりではないと思いますし。もしもの時はお城の方に行けば、きっと教えてくれるかと」

「と、とにかく待ちなって……なあバルドの旦那、どうにかならんかい?」


 困り果てた店主が、バルドへと泣きつくように尋ねる。


「この、天然というかどこか抜けた様子で探し回ってたら、また変なのに絡まれかねねぇだろ」

「まあ、そうだな……」


 バルドも一度助けた以上やぶさかではなかった。


「分かった。私の方でも少し心当たりを当たってみよう」

「さすがはバルドの旦那だぜ! よかったな、マリーヤさん」

「ええ、ありがとうございます、バルドさん」


 曇っていたマリーヤの表情が再び明るくなり、バルドも照れくさくなって彼女の顔を見つめていられなかった。


「それじゃあよ、お兄さんのこともう少し教えてくれ。名前はなんて言うんだい?」

 

 店主の質問に、マリーヤは気前よく答える。


「はい。兄の名は、ジェダと申しまして」

「ジェダ……?」


 不思議そうに聞き返したのは、女将さんだった。

 怪訝な表情を浮かべる女将さんに、マリーヤが食入るように尋ねる。


「女将さん、なにか知っているんですか?」

「ああ、いや…………確認するけど、お兄さんは兵隊さんなのは間違いないんだね?」

「はい」

「背丈は高くて……髪は短髪?」

「そうです、ええそうです!」


 マリーヤが嬉しそうに声を上げるなか、女将は少し考えるような素振りを見せる。

 そして、漏らすように一言。


「…………前に、お店に来てたかも」

「なんだって!?」


 店主が驚きの声を上げた。


「ほ、本当なんですか女将さん!」

「ああ、いや……よくお店に来てた兵士さん達の中に、そういう名前で呼ばれている人がいた気もするんだけど……でも、聞き間違いかもしれなくて……」

「おうおう、ハッキリしねぇな」

「いや、その……ほら、結構前の話で……それに最近は見てないしね……」

「それでも、もしかしたらまた店に来るかもしれないな……」


 店主がなにかを決めたかのように力強く頷く。


「マリーヤさん、宿は決まっているのかい?」

「いえ、まだこれからで……」

「よし、そんなら決まりだ。しばらくうちの店にいて働くといい」


 ええっ、と声を上げ、マリーヤが驚く。

 

「もしかしたらお兄さんがまた店に来るかもしれねぇだろ。それにこういう酒場みたいなところの方が情報ってのは集まるもんよ」

「で、ですが、ご迷惑ではありませんか……?」

「なに言ってんだい。おう、オメーもいいな?」


 店主が女将へ尋ねる。しかし、女将はどこか上の空のようだった。


「えっ? あ、ああ……」

「よし、それじゃあ決まりだ。おうテメェら!」

「へい旦那!」

 

 店の奥から、数名の店員が現れる。

 どれも粋のよさそうな若い連中ばかりだ。


「今日から入る新入りだ、しっかり仕事教えてやんな!」

  

 そう告げると、一同が快くマリーヤを迎え、店主と共に店の奥へ入っていく。

 その様子を見届けていたバルドだが、ふと傍に残ったままの女将が気になった。 


「女将、どうした?」

「ああ、バルドさん…………いや、ちょいとね」


 先程から店主も尻に敷く男顔負けな切れのある喋りをしていた女将だったが、マリーヤの兄の名を聞いてから、どうも様子がおかしい。

 

「なにか、気になることでもあるのか?」


 そう尋ねられ、女将はどこか言いにくそうに答える。


「……ジェダって名前のお兄さん、確かにそう呼ばれていた兵隊さんが来てたことはハッキリ覚えてるんだよ。だけどね……」

「?」


 周囲の様子を確認すると、女将はバルドの隣へと座る。

 そして密かに顔を近づけ、声を潜ませた。


「実はね……その兵隊さん『今の皇帝陛下のやり方ではダメだ!』って陛下の批判をよく口にしてたんだ……」

「なんだって……?」

「お酒も入れば、多少はそういう愚痴も出るもんだけど……ちょっと過激なことも言ってたから印象に残っててさ……」

「マリーヤの話とは、だいぶ印象が違うな」

「そうでしょ? さすがにそんなことあの子の前じゃあ、ねぇ……」

「うむ……」


 なんとも言えぬ違和感を前に、バルドはこの件を黙っていてほしいとしか、提案することが出来なかった。

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