第三話 兄思ふマリーヤ

陛下はまた女性を助けだす

「いやっ、離してください!?」


 女性の悲鳴が秋空の下に響く。

 そこは通りからも離れた路地の裏。光も差さず苔むしたように湿っぽい。僅かに残る夏の暑さを忘れそうな冷ややかな温度であっても、好んで入り浸るような者はなく人気もなかった。

 数名の兵士達が、女性を連れ込むにはまさに絶好の場所である。


「こんなところまでホイホイついてきて、今更だろ」

「私は、兄のことを教えてくれると言うからっ!」

「いいじゃねぇかよ、お嬢ちゃんよ~」

 

 兵士の一人は女性の手を掴んで離さず、彼女は肩まである長い髪を振り乱し、なんとか抵抗しようと試みる。

 しかしそれで振りほどけるほど男の力は弱くは無い。

 まして狭い路地を仲間の兵士達が囲んでいて逃げ出すのも難しい。


「離してッ!」


 しかし振り乱した手が、思わず兵士の鼻を直撃してしまう。


「あっ……」

「痛つつ……コイツつけあがりやがって!」

「キャっ!?」

 

 短い悲鳴と共に突き飛ばされ、その場に倒されてしまう女性。

 身を守ろうと細く白い腕で体を覆うようにするも、その仕草も妙に色っぽく、男達の興奮をより誘ってしまうことを女性は気付いていない。


「優しくしてやろうと思ってたが、構うことはねぇ!」


 鼻に手が直撃した兵士が女性の上へと跨がる。


「イヤッ……誰か、誰かぁっ!?」

 

 必死に声を上げる女性に益々鼻息を荒くして興奮し、彼女の衣服に手を伸ばしていく兵士。 


「こんなところに、助けなんざ来るわけアイタタタタッ!?」


 しかし、兵士の口から突如悲痛な叫びが上がる。

 彼の背後には、仲間の兵士達を押しのけて現れた、見知らぬ男がいた。

 

「女子の悲鳴が聞こえ何事かと思えば、ろくでもないことをしているようだな」


 兵士の手を捻り上げるその男は、落ちついた雰囲気でありながら、妙な風格があった。


「だ、誰だテメェ!」

「私か?」


 男はフッと笑い答えた。


「なに、私はしがない貧乏騎士の三男坊で、バルドという者だ」 


 バルドが名乗ると、捻り上げられていた兵士は腕を払って仲間達の下へ。突如現れたバルドに戸惑いながらも、決して臆することはなかった。


「騎士様よぉ、邪魔しないでくれますかね」

「ただのお楽しみの最中なんですから」

「お楽しみ?」


 兵士達はみな、下卑た笑いで女性を舐め回すように見下ろす。


「勘違いしないでくだせぇよ。先に声をかけてきたのはそこのお嬢さんなんだ」

「そうそう。俺達は誘われただけよ」

「そ、なんな。私はただ、兄のことを尋ねて……貴方方が知っていると言うから!」

「うるせえよ、この売女が!」


 バルドの鋭い目が、女性へと向けられる。

 衣服が乱された姿は、一目で暴行の一歩手前だと分かる。


「それとも……騎士様も一緒に楽しみますかい」

「………………」

「なんなら先を譲りますよ。へっへっへ」


 卑猥な笑みを浮かべる男に、バルドの鋭い目線が貫く。


「貴様等……それでも帝国の兵士か!」

「うっ!?」


 目にしただけで倒れそうな眼光が兵士達を威圧し、彼等も一瞬たじろいでしまう。しかし――

 

「こ、コイツ……!」

「下手に出てりゃ偉そうにしやがって!」


 彼等の興奮は冷めやらず、熱気が苛立ちへと変わりバルドへ殴りかかる。

 勢いよく殴りかかられたバルドだが、はその腕を掴み上げ、僅かな動きだけで投げ飛ばしてしまう。


「このヤロー……やっちまえ!」


 ついに兵士達は剣を抜いた。

 狭い路地裏、ひしめき合うようななかでバルドに斬りかかる。

 しかし、バルドはあえて剣を抜かなかった。斬りかかる兵士の剣を上半身の動きだけで躱し、手刀を放つ。


「うおっっ!?」


 そこいらの剣などよりも鋭い手刀が、兵士の手から剣をたたき落とす。

 続けて、斬りかかってきた兵士も、バルドは無言のまま腕を掴み、勢いのまま投げ飛ばす。

 一人、また一人と捌き、鋭い眼光で兵達を睨む。


「くっ……お、覚えてやがれ!」


 ついにその眼光に恐れをなし、兵達は路地の奥へと走るように逃げていった。


「大丈夫か、お嬢さん」


 逃げ出した兵達の背中を見送ると、バルドが女性へと尋ねる。

 衣服が乱されて覗く女性の肌は白くなめらか。どこか垢抜けていない感じはあるが、スラリと伸びた手足に程よく出た胸、長いまつげと丸みのある目。そしてキョトンとした無自覚さが妙な色気を放っている。


「あ、はい……」


 彼女は呆然としたままだった。

 つい先程まで男達に襲われかけたのだ。無理もない、とバルドでも思う。


「お兄さん、随分とお強いのですね……」

「え、ああ。まあ……」

 

 バルドの口調はしどろもどろでどこか要領を得なかった。

 さらになぜか目線を合わせない彼の様子を、彼女は不思議そうに眺めていた。


「?」

「あーお嬢さん……」

「はい……?」

「とりあえずその……服を直した方が、いいんじゃないかな?」

「え……あっ……ああす、すみません」


 ようやくのように気づいて、彼女は乱れた衣服を直していく。

 身の振る舞いはおしとやかだが、どこか抜けている感じがある美人に、バルドは不思議な女性だな、と感じるのだった。


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