暴れん坊、再び

「はあああああっ!?」

 

 ボストロ達が後ろに下がる一方で、バルドへと勢いよく斬りかかる私兵。

 しかし、バルドは僅かな動きで相手の剣を弾いて魔法で刃を亡くした剣でそのまま胴へと一撃を叩き込む。兵は悶絶、その場に崩れ落ちる。

 

「くっ!」

 

 次に控えていた兵は、バルドの迫力を前に尻込みしていた。

 若き皇帝が一歩を踏み出し、相対する兵士に剣を振り上げる。


「ッ――!?」

 

 瞬間、バルドは即座に反転。後ろから迫る別な二人を打つ。

 二人は声を上げることもなく倒れていくが、バルドの背中は無防備だ。


「ッ!」


 尻込みしていた兵士は、意を決した。

 ここぞとばかりに一気に踏み込み、剣を突き出す。


「でやああっ……!?」


 しかし、突き出された剣は得物を捉えることはない。素早く振り返ったバルドの剣により軽く捌かれたのだ。

 バルドはそのまま首筋に一撃を放ち、その兵もまた倒れていく。

 それ眺めながら、驚きながらも中庭から廊下へ上がっていくボストロ達。


「くっ、弓だ、弓で伐て!!」


 ボストロが叫ぶと同時、中庭を覗く屋根の上に十人近い弓衆が現れる。

 一斉に弓を引き絞る弓衆。狙いは無論、中庭に立つバルド。

 打ち下ろしの姿勢、バルドも思わず屋根を見上げる。だが――防御の姿勢は見せなかった。


「ぐほぉっ!?」

 

 悲痛な叫びが夜空に舞う。

 矢に貫かれた狼藉者の悲鳴だ、そう誰もが思った。

 しかしバルドに変化はない。矢で貫かれることもなければ、動くことも。

 声を上げたのはバルドではなかった、弓衆の一人だ。


「ッ!?」


 転げ落ちていく仲間を目にし弓衆達もハッとなる。

 それはまるで小さな闇の固まりだった。

 素早い動きで屋根を駆けては、弓衆の間を縫って一人、また一人と斬り抜けていく。

 風か獣か、はたまた魔獣か――いいや違う。それは幼子のような姿、しかし振るう刃は大の大人を軽々と死に導く。

 弓衆の一人が咄嗟に弓を構える。だが小さな体が右に左に細かく素早く動き、狙いを定めさせない。

 

「――!」


 手間取る間に、それは這うように急接近。足下から飛び上がると同時短剣が体を縦に切り裂いた。

 宙に浮いた体は、切り裂いた弓衆の体を足場に跳躍。次の相手に肉薄し、首筋に短剣を突き刺すと、再び次の得物へ。


「こ、この!?」


 迫りくる小さな体に向け、咄嗟に弓を放つ。狙いをつけないでたらめに撃った矢。たが、偶然にもその矢は少女の顔面へと突き進む。

 

「――ッ」

 

 放たれた矢が少女の顔面を貫く。

 その瞬間――彼女は眼前で首を僅かに動かし、迫る矢を躱す。


「なっ!?」

 

 驚く間もなかった。少女は艶のある漆黒の髪を蛇のようにうねらせ、男の首に飛びかかり、一瞬のうちに絞め上げると、転がりながら屋根へ叩きつける。


「こいつ!?」


 彼女の動きはまるで猫だ。動きに一切の無駄がない。

 跳躍し一気に間を詰め一人を斬れば、着地と同時に体を捻り一人を蹴り飛ばす。離れた場所で狙いを定める弓衆には、僅かな動きで短剣を投げて額を貫く。

 息も切らすことなく動き続ける少女に、屋根の上は徐々に制圧されつつあった。


(上はクロエに任せれば大丈夫だな)


 クロエの短剣術と近接戦闘は帝国でも随一。まともに敵う相手などそう多くはない。まして所詮相手は傭兵かぶれ。何百人といようと彼女を止めることなどできるわけもない。

 絶影のクロエの名は、伊達や酔狂などではないのだ。

 時折屋根の上から落ちてくる男達を尻目に、自身に斬りかかってきた相手をバルドは捌いていく。

 徐々に追い詰められていくボストロに渦巻く焦り。

 その焦りが、最後の決断を下した。


「えええい、アレだ、アレを出せ!」


 ボストロの合図で兵の一部が慌ただしく動く。

 柱の陰にあったレバーを動かし中庭の地面にある、格子状の檻が開かれた。

 まさに開かれたと同時である。

 地下から勢いよく飛び出たそれは、屋根を飛び越え高々と宙を舞った。

 二足の足で中庭に降り立ち、大地が揺れる。

 その姿に、バルドも驚きが隠せなかった。


「GOOOOOO――――ッ!!」


 バルドの体より三倍近い背丈が咆哮を上げる。

 真っ黒の体、人間のように二足で立つ太くともしなやかな獣の足。

 手には長く伸びた鋭いかぎ爪、涎の落ちる口から伸びる白い牙。

 かつて、バルドはその姿を幾度となく目にしてきた。無数に近い大軍で、異様なまでの統率力で迫り来るそれを。

 その存在を、人々はこう呼んだ。


「ま、魔獣だと……!?」


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