動き出す、陛下と影追人

「それでクロエ、お前が見たことは確かなのだな」


 罰を下し終えたバルドは、改めてクロエに確認をした。


「目撃した怪しい人物が火を放ち……エルフを攫っていった、と」


 彼女に確認した詳細はこうである。

 火を放ったと思われる犯人グループを見つけたクロエは狭い路地で彼等を襲撃。しかし、相手は家主と思われるエルフ達を捕らえていた。

 想定していなかった事態に、彼女自身も手を拱いていたところ、運悪く自警団と兵士達が現れ、場は一気に混乱。

 混乱に乗じ犯人達には逃げられ、クロエも自警団と兵士達から疑いの目を向けられて攻撃を受け、止む無く火事の中逃げ帰ることしかできなかったと。


「なにもできず、誠に申し訳ございません」

 

 たかが数人程度を相手に後れをとるほど、クロエは弱くない。

 しかし人質がいたとなれば話は違う。いかにクロエといえど捕らわれた人々を傷つけず、敵を相手取るには骨が折れるだろうし、まして自警団や兵達に襲われたとなれば手の出しようもない。それ故の失敗だったのだ。


「そんなことはないぞクロエ。これは大きな手がかりだ」


 しかし、クロエの招いた結果は決して無駄ではなかったと、バルドは改めて思う。


「一連の火事でエルフ達の家が出火元になることも、行方が分からない者が多数出ていることもこれで全ては繋がった」


 若き皇帝の目が、闇を睨む。


「人身売買だ……」


 エルフという種族の一番の特徴は容姿が端麗なこと。

 子供から大人まで、性別を問わず見目麗しい者が多く、その上長命で寿命による見た目の衰えがほとんど無い。

 そのため金でエルフを買い、奴隷以下の家畜のように虐げ、自らの欲望を満たさんとする者もいる。

 魔獣との大戦時や戦後も、故郷の森を追われたエルフ達を捕まえ売買する奴隷商人が横行したものだ。

 無論、それを許すほど帝国の法とバルドの目は甘くはない。

 大戦時から帝国は多くのエルフやドワーフ、多くの獣人達を保護し、復興の混乱時も皇帝についたバルドは人身売買を厳しく摘発、重い処罰を下してきた。

 しかし、いまだ僻地や他国によってはそういった人身売買は横行していることは、バルドも理解していたことだった。


「ですが、なぜこのような派手な方法を……」


 クロエの疑問はもっともだった。

 エルフを捕らえるのならば孤児を買い叩いたり、人里離れ外界との接触の少ない隠れた者達を狙ったりなど、それと知られぬようなるべく静かにやるものだ。

 少なくとも、火事を起こして強引に攫うなど、ましてそれを帝国の御膝元である城下で行うなどと、あまりに大胆すぎる。


「恐らくだが……それが主目的ではないからだろう」

「?」


 珍しく曖昧なバルドの返答を、クロエは不思議に思った。


「いや、これは今の時点ではなんとも言えぬ……それよりも、攫われたエルフ達をすぐに見つけねば」


 確かに、とクロエも考えを切り替えた。


「エルフ達を売るにしても、わざわざこの城下に置いておくでしょうか?」

 

 この城下に身柄を置いておけば、いずれ必ず事は露見する。

 まして人身売買は違法である以上、犯人達がエルフ達を売りさばくのなら城下の外でなければ不可能だ。


「犯人達にとっても身柄はすぐにでも移動させたいはずだな」


 問題は、どうやって移動させるか。

 あるとすれば手段は二つ。

 陸路か、海路か。


「それほどの人の移動となれば、たとえ大型の馬車であっても複数台が必要になるはずです」

「それはさすがに目立つな」

「ましてエルフだけが大量に乗り込んでいるとなれば、怪しまれず城下を出るのは不可能かと」

「となれば……海か」


 城下の西区は海に面し、大小様々な船が常に行き交う交易と商業の中心地。

 船であれば、大量の人を運ぶことも簡単である。物資に紛れさせれば見つけるのも一苦労だし、しかも人身売買の許される他の国へと直接送り出すことも可能だ。

 もし他国にでも逃げられれば、さすがのバルドも簡単には手が出せなくなる。

 しかし――


「だが……船とはいえ、一体どの船に乗っているのか……」


 この城下の港は帝国随一。港には大小様々な船が何十隻と停泊している。


「その中から、攫われたエルフ達を見つけ出せるかどうか……」


 強制的な臨検の執行は、皇帝の立場を使えば不可能ではない。

 だがいくら皇帝といえどなんの証拠もなく、まして無関係な船に強引な臨検を行えば、各国と商人達の信頼に大きく傷をつけることになってしまう。

 さらに言えば、騒ぎを聞きつけて犯人達が逃げ出す可能性もあった。

 最悪の場合、証拠隠滅のため船の荷を――つまりはエルフ達を海に投げ捨てることもしかねない。

 時間と人手。それが圧倒的に足りていなかった。

 

「なにをおっしゃいますか、陛下」


 そんな時だ。

 苦悶するバルドの前で、クロエが告げる。


「それこそ、我らが本領にございます」


 今まで跪いていたクロエが静かに立ち上がる。

 立ち上がったクロエの背後。そこに広がる闇の中に新たな人の気配が現れた。

 だがその姿は見えない。闇に隠れ、おぼろげな気配だけを感じるだけ。

 そこへまた一つ、別な気配が音もなく現れる。

 そうして一つ、また一つ。

 闇の中に、いくつもの姿の見えぬ気配が何人も加わっていく。


「我ら、帝国の影を守りし影の者、影追人(シャドウ・チェイサー)。光亡き闇の中でも髪一本の影すらも見つけ出しましょう」


 暗い暗い闇の中。

 なにも見えぬ暗黒の帳。

 その中で――無数の目が光りだす。


「行ってくれるか、皆の者」


 その瞬間、バルドは見た。

 クロエの口元に浮かぶ、僅かな微笑みを。


「御心のままに――」


 そうして彼女達は――闇に溶け込んだ。

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