陛下が戸惑うクロエの行動
執務室の扉を開け、バルドは中へ。
部屋の中には、先んじて既に二人の人物がいた。
一人はもちろん爺である。
「陛下、夜分にお呼びして申し訳ございません」
「構わない。それより一体どういうことだ?」
執務室の椅子へと座りながら、彼は尋ねる。
「ちゃんと説明をしてくれ――クロエ?」
先にいたもう一人の人物、クロエに。
「申し訳ございません、陛下……」
いつものように恭しく膝をつく彼女の姿は一言で言うならボロボロだ。
何者かに襲われでもしたのか、街娘のような格好はなんとか形を保っている程度で、体にはチラホラ傷も見える。なにより全身には黒い煤がついていた。
「近衛から大まかなことは聞いたが……怪我は大丈夫なのか?」
それはつい先程のことだった。
今まで姿の見えなかったクロエが、突然ボロボロの姿となって城の中庭へと戻ってきたのだ。
偶然、爺がそれを見つけ、慌てて保護し執務室へと運び今に至るのだが、クロエを見つけたのが、彼女の正体を知る爺やであったのは幸いだった。もしこんな格好の彼女を城の衛兵が見つけていたら、侵入者と間違われてもおかしくはなかっただろう。
「心身を騒がせ、大変申し訳ございません。しかしながら見た目ほど深い傷はなく、ご心配は不要でございます」
クロエはこんな状況でもあくまで淡々と告げていた。
強がりではないかと、不安になったバルドは爺に目線を送るも、彼も目線だけで彼女は軽傷だと告げていた。
「無事であればそれでよい。しかし……」
クロエともあろう者が、なにがあってこのようなことになったのか。
彼女はなにも答えずただ跪くだけ。そんな彼女を見かねた爺が告げる。
「陛下、クロエは火事の犯人を追っていたと申しております」
「なに?」
本当かと目線でクロエに尋ねると、彼女は短く返事を返すと詳細を話し始めた。
「エルフ達の住まう地域で張り込んでいましたところ、それらしき怪しい人物を発見しました」
「見つけたのか、犯人を?」
「はい。火を放ち、エルフの女性を攫って逃げ出そうとしたところを捕らえようとしたのですが、見回りの自警団と兵士達に見つかり、その場でもみ合いとなってしまい……結果犯人には逃げられ、火事も防ぐことは出来ませんでした」
あったことを装飾することなく、あくまでも淡々と報告するクロエの言葉をしっかりと受け止めたバルドは、ホッと胸をなで下ろす。
「そうであったか……ともかくクロエが無事でよかった」
クロエの行動と報告には驚きはした。しかし彼女が無事であったのなら、何よりの幸いである。
「姿が見えぬと思っておったら、そのようなことをしていたとは。それで――」
「んん?」
ふと、爺が不思議そうに声を上げた。
「陛下、どういうことでございますか?」
爺の質問が、バルドには意味がよく分かっていなかった。
「どういう、とは?」
「陛下がご命令されたのではないのですか? 私はてっきり、城下に行くのを禁じられたから、クロエを動かしたものと」
「いや、余はなにも申しておらぬ。爺が命じたのではないのか?」
「なにを仰います! クロエ達は陛下の直属、私ごときが命令を下すなど……ッ!?」
ハッとなった爺が、クロエに詰め寄る。
「ま、まさかクロエ……陛下の命もなく勝手にお側を離れておったのか!?」
クロエは跪いたままだ。
「陛下の御身を守るがお主の役目。それを放り出し勝手な行動をとるなど。皇帝の勅命をなんと心得ておる!?」
「…………申し訳ございません」
ただ静かに、やはり淡々と彼女は答える。
「ま、まあよいではないか、爺」
「よくなどございません陛下!」
「今日のところは無事だったのだからよしとしよう。クロエもこの格好のままとはいくまい」
「むぅ……」
「そう怒るな。また血圧が上がったら」
「どなたの所為ですか、どなたの!?」
血管を浮かせて怒る爺をバルドが窘める。
クロエは、伏したまま。やはり表情を変えなかった。
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