陛下は城下を心配する
午前の執務を終え後もいくつかの面会や対応に追われたが、普段と大きく変わることはなかった。
その日は珍しく会食もなく、夕食はプライベートの食事となり、粛々と食事を済ませバルドは私室へと戻っていた。
あれからクロエの姿は一度も見ていない。メイドの仕事は他の者がこなしていたので特に不都合は無かったが、こうも長い時間姿を見せないのは珍しいことだった。
「む……」
ふと、窓から城下を眺めてみる。
夜の帳が降り、暗闇と静けさに包まれた城下の姿。その一画が、夜には似つかわしくない赤々とした小さな明るさを発していた。
火事である。
報告にあったように、やはり今夜も火事が起きたのだ。
(皆、無事であろうか……)
窓から見た様子では、そう大きな規模ではない。しかし、それでも現実に被害に遭ってしまった者がいる。そして、火災を食い止めようと必死に務める城下の兵士や自警団の住民達。
彼等の命、その全てが無事であることを祈らざるにはいられなかった。
やはり城下に降りるべきか。そう考えるも、クロエの言葉が頭を過る。
『それほど我らに信用がございませんか?』
彼女の言葉が、今も胸に刺さってきた。
そんなことはない。あの時バルドは確かにそう告げた、その言葉に嘘はない。しかし自分の行動がそれを体現しているとは言い難い面もある。
でなければ、クロエにあのようなことを言わせることもなかっただろう。
(皇帝として臣下達を信じ、任せることも大切なのかもしれないな)
全てを自分で解決せずとも、心強い臣下達が、臣民達がいる。
今は彼等を信じよう。そう決断しバルドは窓から離れた。
そんな時、私室の扉が小さく叩かれた。
「陛下、お休みのところ大変申し訳ございません……」
声の主は、どうやら近衛の者のようだった。
「ああ、ちょうど寝ようかどうか迷っていたところだ、気にするな」
申し訳なさそうに声をかけてきた近衛を気遣い、ちょっとした嘘を告げるバルド。
「城下の火事のことだな…………それほど深刻か?」
一瞬バルドに緊張が走る
近衛がこんな時間に私室にくるなど、よほどのことだ。
となれば考えられるのは城下の火事しかない。見たところ規模は小さそうであったが、被害が大きくなるのならバルド自身が指揮を執る必要もでてくる。
だが、そんな心配を近衛の報告は否定した。
「いえ。火事の方は自警団と城下の兵士達の活躍で鎮火ももう間もなくと報告が上がっております」
「そうであったか」
その報告を受け、バルドもとりあえずは一安心できたが、そうなるとなんの要件でやってきたのかが気になる。
「夜分とはいえ、お声をおかけしたのは別の件でございまして……爺や様から至急執務室においでいただきたいとのことです」
「爺が?」
バルドが皇帝陛下といえど、爺に呼び出されることはそう珍しいことではない。
しかしこんな夜更けに、しかも至急というのがどうにも気になった。
「分った、すぐに向かう。着替えるのでしばし待て」
扉の奥で、近衛は短く返事を返した。
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