陛下、事件を知る

 数日後の執務室。


「陛下、お茶でございます」


 執務に励むバルドにお茶を差し出すクロエ。

 今日の彼女はいつものメイド姿だ。

 

「ああ、ありがとう」


 差し出されたお茶を一口。ハーブの香りが口内を満たし、ほんのりとした暖かさが体内からじわりと暖めてくれ、疲れた体を癒やしてくれる。

 しかし心と体がリラックスしても、バルドの表情が緩むことはなかった。


「それで爺、火事が増えているというのは本当か?」

「はい。ここのところ城下では昼も夜も関係なく、毎日のように火事が起きておりまして、皆困り果てております」


 爺から渡された報告書にバルドは目を通していく。


「スラム街を中心に、住宅地域で頻発しているのですが、復興時に張り巡らせた水路や、陛下の設置した消火設備のおかげで、今のところ大きな被害には至っていないのが幸いです」

「ふむ……」

「ですが、いつ被害が拡大するとも限りません。ですので」

「ああ。城下の兵達に見回りを厳重にさせるよう指示を出し、自警団の人々との連携を密に。それと被害に遭った者の保証は手厚く頼む」


 爺の提言を待つまでもなく、バルドは素早く決定を下す。

 その姿に爺は感嘆の思いで頭を下げる。


「さすがは陛下。いつもながら見事なご采配でございます」

「それよりも、原因は何なのだ?」

 

 空気の乾燥する秋や冬ならともかく、いまはまだ初夏。気候による火事が増えるには些か早すぎる時期だ。

 しかし爺の表情は渋くなる一方で、いまだ原因を掴めていないことが読み取れる。


「現在も調査中なのですが……実は少々妙なことが」

「妙なこと?」

「はい。火事による被害補償の申請はいくつも出されているのですが、なぜかエルフからの申請が、極端に少ないのです」

「エルフは誇り高い種族だ。そういった施しを是としない者もいるのではないか?」


 エルフの中には、他人から助けられることを恥と思う者も多い。

 先日の火事の時もエルフの母親は、一度は飯屋の店主の誘いを断るほどだ。

 

「私もそう思ったのですが……どうも話を聞くと、エルフ達の中に行方が分かっていない者が多数いるようなのです」

「なに……?」


 バルドは、改めて報告書の詳細を細かく見ていく。

 記載された火事の報告には人的被害も書かれているが、住民が亡くなったという報告は少ない。ましてエルフの死者が出たというものは皆無だ。

 それなのに、行方の分からない者がいるというのは確かに奇妙である。

 だが同時に、気になる報告もあった。


「火元は……どこもエルフの家や、エルフの多い地域ばかりか……」

「どうされました、陛下?」


 怪訝な表情を浮かべるバルドを、爺が奇妙に思い尋ねてくる。


「エルフ達は種族柄、火を使うことはそう多くはない。そんなエルフ達の家から出火するというのは、些か変ではないか?」

「確かに……ではこれは、放火であると……?」


 爺の想像に、バルドもゆっくり首を縦に揺らし可能性を肯定する。


「しかし、そうなれば目的は何でございましょう? この規模となると個人的な怨恨にしては、少々規模が大きすぎる気もしますが……」

「ふむ……」


 エルフやドワーフ、獣人達は大戦時に魔獣達に故郷を襲われ、城下へと避難しそのまま住み着いた者達も多い。

 当時は大戦の不安などから種族間でのいざこざは多く、差別的な態度をとる者も決して少なくはなかった。

 だがそれももはや過去のこと。復興を果たした今、多くの者が助け合って共に生きている。それは先日の火事の一件がいい例だ。

 少なくともこの城下で、他種属を極端に嫌悪したり、排除をしようと思う者はまずいないはずである。


(種族の違いによる諍い……というのとは、どうも違う気がする……)


 頻発する火事、行方の分からない多くのエルフ。

 なにやらきな臭い雰囲気が広がり、バルドは不気味に感じていた。


「陛下」


 そんな考え込むバルドの意識を、爺の呼び声が現実に呼び戻す。


「ん……? どうした、爺?」

「また城下に行かれるおつもりですね?」


 思わず、ぎくりとなるバルド。


「い、いやそんなことは……そんなことはない、ぞ?」

 

 目は泳ぎ、声も小さい。

 そんな若き皇帝の態度は、爺にとっては我慢の限界だった。

 

「へ、い、かーッ!」


 顔を真っ赤にしてバルドの机へと詰め寄る爺。


「分かった分かった。爺の言うとおり、城で大人しくしている」

「何度もそう言って陛下は!」

「ホントだホント。皇帝として誓おう、そんな嘘は言わないと」

「本当でございますか?」

「ああ、もちろんだホントにホント…………………………今日のところは」


 バルドの小声を、熱くなっていた爺の耳には届かなかったようだった。

 そんなやりとりの中、いつの間にかメイドのクロエの姿が消えていたことに、バルドは気づいた。

 それもいつものことか。そう、心の中で納得させながら、爺の小言を幹から左に受け流し、再び積まれた書類へと目を通していくのだった。

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