陛下は再び城下に降りる

(気分転換は大事だと、爺にも言われたからな)


 あれからバルドは爺の言葉を免罪符にして、毎日のように城下の散策に乗り出していた。

 軽い足取りと、ウキウキとした子供のような心持ちでやってきたのは、街中にある自然庭園。等間隔で植えられた木々達から若々しい緑の葉が茂り、夏の暑い日差しを遮る木陰を作り、涼やかな風が吹く。


(お、水遊びか)


 庭園内を流れる小川では子供達が気持ちよさそうに水を掛け合い遊んでいた。人間やエルフ、ドワーフ。様々な人種が楽しげにしている様子は見ていて心が温まる。

 平和な日常。そんな様子を眺めながら、一人庭園を散策していくバルド。


「………………」 

 

 そんな彼が、並木道の途中でふと足が止まった。

 なにもない道の真ん中。周囲には誰もいない。

 ただ木々が揺れ、涼やかな風が頬を撫でるだけ。


「隠れていないで、出てきたらどうだ?」


 渋い声が庭園に響く。

 返事はなかった。バルド以外に周囲には誰もいないのだから当然だ。

 バルドは、その場でゆっくりと振り返ってみる。

 するとそこに一人の少女が立っていた。誰もいなかったはずのバルドの背後に音もなく、まるで影のように。

 先ほど水遊びをしていた子供達のなかにいてもおかしくはない、子供のような背丈の少女。そんな彼女はバルドのよく知る人物だ。

 城でバルドの世話をしているメイドである。今はバルド同様、メイドの服から華美でも地味でもない一般的な街娘の服装をしていた。


「その服も似合っているぞ、クロエ」


 バルドはその少女をクロエと呼んだ。

 先日、薄められたポーションを薬学院に届け、屋敷でのバルドの戦いを影からサポートしていた者の名だ。

  

「お戯れを、陛下」


 淡々としながらもよく通る声をした彼女は、背丈は子供のように低くとも、無駄な肉付きがなくしなやかでシュッとした体つきが軽やかさを感じさせる。

 ぱっちりと大きく目尻がつり上がったトパーズのような黄色い瞳、普段はメイドキャップで隠されている黒く艶のある髪は束ねられ、頭からは猫のような耳が生えており、猫属の獣人であると、ピンと立った耳が主張している。


「お忍びのところ申し訳ございません。しかし、私には御身をお守りする使命があります故」

 

 その場に跪き、無愛想にも見える表情の少ない顔で、クロエは淡々と告げる。


「ふむ、しかしわざわざ隠れてする必要もあるまい」

「陛下のお側を歩くなど畏れ多いこと」

「そう気にするな。今の私は貧乏騎士の三男坊バルドだ」

「しかし陛下」

「そう呼ぶのもよせ。まして道の真ん中で傅かれては変に目立つだろう」

「失礼いたしました」


 彼女は悪びれることも無く立ち上がる。

 立つ動作一つとっても無駄がなく、驚くほどに静か。冷淡なまでの表情を向けられ、圧倒されてしまいそうなところであるが。


「どうやら近くで、祭りでもやっているらしい。せっかくだ行ってみようクロエ」


 バルドは気にすることもなく、弾むような声で切り出すと、再び歩き出す。

 臆することのないバルドの後を、彼女はただ黙ってついて行った。


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