再びのさばる悪党ども


 それは、とある貴族の館でのこと。


「再開発のお話、お聞きいたしましたよ」


 腰の低そうな商人が、丁寧な口調ながら館の主へと尋ねていた。


「なんでも再開発計画は縮小されるとか」

「耳が早いな、エイチゴ」


 商人をエイチゴと呼び、対面へと座る恰幅のよい初老の男性はこの館の主。

 その名をボストロ、城下の再開発を担当する伯爵である。


「いえいえ。商人の私としましては、情報は命と同等というだけのこと……それよりも、再開発の件ですが」

「既に陛下のお達しは出た。どうしようもあるまい」

 

 目の細い狐顔のエイチゴは、言葉の端々に心配する様子が窺えた。


「予算の縮小となれば、工事どころか、住民の立ち退き料もままならいでしょう。これでは……」

 

 いずれ、計画は頓挫してしまう。そう言いたげなところをあえて言葉にしなかった。

 エイチゴは、この再開発のためにいくつも便宜を図ってきた。

 再開発による工事や物資の売買。その他諸々の甘い汁を味わおうと、長い間伯爵へ賄賂やら何やら様々な融通をしてきたのである。

 そこへ来ての計画の縮小だ。これでは今までかけてきた金が無駄になる。エイチゴが心配するのも無理のないこと。


「ふふっ、だからこそよ」


 しかし当の責任者であるボストロは、その体格のようにまるで動じていなかった。

 

「予算が大幅に削られたこの状況でなお再開発を成功させたとなれば、それこそ大手柄というもの。出世も思いのままよ」

「それは、まあ……ボストロ様には、なにか良い手がおありなのですか……?」

「まあな。耳を貸せ」

 

 そう言われ、エイチゴが側に寄り、耳元で話を聞く。

 エイチゴの顔が一瞬驚きを見せた。


「なんと……! そのような大胆なことをお考えとは」

「所詮は逃げ集まった連中の居場所よ。その住処をわざわざ提供してやっている我らが、なにをしたところでなんの問題はあるまい」

「いやはや、ボストロ様のなんと恐ろしいこと……」

 

 その時、エイチゴの頭の中でもある閃きが浮かんだ。


「ボストロ様。その話、私にも協力させていただけませぬか?」

「もとからそのつもりであったが……なにかあるのか?」

「ええ。実は……」

 

 そう言って、今度はエイチゴがボストロの耳に囁き始める。

 そして、今度はボストロの顔が驚きをみせた。

 

「ほほう……お主、なかなか侮れぬな」

「いえいえ。ボストロ様ほどではございませぬとも」


 エイチゴとボストロが、同時に不敵に笑う。


「いいだろう。手を借りるとしよう」

「ありがとうございます」

 

 エイチゴは丁寧にお辞儀をすると、話を変えるように尋ねた。


「ところで、先日お持ち致しましたアレは、ご満足いただけましたでしょうか?」

「ああ、もちろんだとも」


 ボストロは重そうな体を持ち上げ、中庭へと出る。

 木や花などが植えられた彼の中庭は、ちょっとした庭園のようなものだった。しかし、その中心には周囲とはそぐわない、地下へと真っ直ぐ伸びる穴が開いている。

 ボストロは穴の前へとやってくると、徐にその中をのぞき込む。


「その辺の女どもを抱くより、ずっと心が湧く」


 格子状の檻に閉ざされたその穴の奥は真っ暗で中を覗くことも出来ない。

 しかしその奥からは僅かに、生き物の気配がした。


「そう言っていただけると、長々と海を渡って運んできた甲斐があったというもの。もちろん、その分の代金は十分すぎるほどいただいておりますが」

「ふふっ、やはりペットはコレにかぎるの」


 穴の奥の闇の中――

 赤い目が光る姿を、ボストロは法悦の眼差しで見下ろすのだった。


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