暴れん坊陛下
「でやあああぁッ!」
先頭の傭兵が、バルドに勢いよく斬りかかる。
剣が交わり、甲高い音が響く屋敷の中庭。
だがそれも一瞬のこと。バルドは相手の剣を弾き飛ばし、瞬時に胴へ一撃。男は膝から崩れ落ちる。
「ぐほぁっ」
「くっ……お、後れを取るな!」
部下達の後ろに下がるマグルート男爵とバイヤー。それを追うようにバルドがアカネのいる部屋へと踏み入っていく。
バルドの前に立ち塞がる傭兵。だがそれも若き皇帝は容易く切り払ってしまう。
「ええい、まとめてかかれ!」
男爵の合図で傭兵達が回り込み、バルドの周囲を四人の男達が取り囲む。
「キエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
バルドの正面の相手が、声を張り上げ大きく剣を振り上げる。
一見すれば勢いだけしかない隙だらけの構え。しかしその振り上げは囮。
大声と威勢にバルドが気を取られた隙を突き、背後にいた二人がその背に向けて刃を突き出す。
白刃がバルドの背を串刺しにしようとするその刹那――若き皇帝の素早い振り返りによる薙ぎ払いが、剣ごと二人を打ち払う。
「でやあああああっ!」
だが、最初に振り上げられた囮の剣がバルドの背に振り下ろされていく。
しかしバルドは返す刀の勢いでもう一度反転。腰を落とし、伸びきった相手の胴を打つ。
「ッ!」
バルドの姿勢が崩れた。その隙を見逃すまいと、残る一人が斬りかかる。
しかしその程度で皇帝は崩れない。姿勢を低くしながらも下からの切り上げで傭兵の剣を弾き、そのまま強力な一撃を振り下ろす。
「だはっ……」
倒れていく傭兵、その手がまるで助けを求めるよう伸ばされる。
その先にいるのは雇い主のマグルート男爵達。
彼等の姿をバルドの力強い目が――捉えた!
「うぅッ!?」
まるで魔法のような力強い眼力。放たれる異様なプレッシャー。
恐ろしいまでの迫力に、男爵達の足が徐々に下がっていく。
バルドが一歩前へと踏み出す。男爵達は二歩下がる。
若き皇帝がさらに二歩踏み出す。男爵達は四歩下がる。
三、四、五歩と部屋から廊下へ出れば、男爵達が恐れをなした。
「に、逃げろ!」
傭兵達を壁にして、逃げ出そうとする男爵とバイヤー達。
屋敷の玄関へと続く角を曲がろうとしたその時だ。
「………………う、ぁ」
玄関へ続く廊下の闇の中から、複数の男達が倒れてくる。
紛れもなく、この屋敷の玄関を守っていた傭兵達だ。
「ひぃっ!?」
倒れた男達の体には、無残に切り刻まれた後がある。
玄関に続く暗い廊下の闇。そこに得体の知れぬ恐怖が潜んでいる。
そんな恐ろしさが、男爵の道を変えていく。
(来てくれたか、クロエ!)
玄関へと続く道を阻んでいるのは、昨日薄められたポーションを預けたバルドの臣下だ。
力強い援軍に喜びながらも、新たに迫ってきた敵をバルドは打ち倒す。
男爵達は後ずさりを続けている。彼等も本能的に分かっているのだ、背を向けて逃げ出すことの愚かさを。
背を向けて走り出せば敵の姿を見失う。そうなればいくら逃げてもどこから襲われるかも分からない。常に相手を視界に収めながら引いていく、それがもっとも賢い逃げ方だと。
「ぐぬぬ、行け行け!」
まして数の上では男爵達の方が有利であり、しかも相手はたった一人。たとえ退路が断たれても、数にものをいわせればまだ勝ち目はある。
(そう思っているのならば、愚かなことだ……)
だが男爵達は失念していた。相手はあの、皇帝バルドロメオだということを。
かつて襲ってきた魔獣の大軍を相手に、一番先頭に立って戦ってきた英雄。
人間の何倍もある体格の魔獣達を相手に 六属性の魔法と帝国の至宝の大剣で進んで最前線に飛び込んでいった、若き暴れん坊。
そんなバルドに、たかが五十人程度の傭兵くずれ達などまさに敵ではない。
一人、また一人とバルドが斬っていく。
時に同時に打ちかかる相手を一刀で払いのけ、四方を囲む相手を、剣を振り下ろさせることすらなく叩きのめす。
男爵を守るように立ち向かってきた傭兵達の壁。それももはやなくなりつつある。
五十はいたであろう傭兵達、その全てが屋敷のそこら中で倒れていた。
「くっ……」
追い詰められ、再び中庭へ降りる男爵。
ついに男爵の側近達へとバルドが斬りかかる。二合ともたず倒れる彼らを見た時、バルドは気づいた。
男爵の傍にいたはずの、バイヤーの男がいないことに。
「もらったあああああ!」
バルドの背後の部屋に隠れていたバイヤーが、手にした短剣で皇帝の背後に迫る。
一見無防備なバルドの背中。しかし、バルドは彼の存在に気づいていた。
振り返りざまの一閃。月明かりに光るバルドの剣がバイヤーを斬る。
「く、くそぉ……」
バイヤーの短剣はバルドの背を貫くことはなかった。力の抜けた手から零れ落ち、地面へと落下。バイヤー自身もその場で倒れていった。
残るはもはや男爵のみ。
「お、おのれぇっ!」
一人取り残されたマグルート男爵が、懐に忍ばせていた短剣を抜く。
実用的ではない、やたらと宝飾された華美な剣だった。
「いやああああっ!」
勇ましい声と迫力。だが彼の太った体でもたつきそうな足取りはなんの脅威にもならない。
バルドは男爵の一撃を悠々と弾き返し出っ張った腹にむけ、神速の一撃を放つ。
「ぐっ、あ……」
中庭に響く醜い呻き声。しかしそれも一瞬のこと。痛みにのた打ち回ることもなく、男爵は中庭の真ん中で崩れ落ちるように倒れていった。
「………………………」
倒れていった者達を見据えたまま、バルドはゆっくりと、そして静かに剣を収めていく。
剣が鞘へと納められたと同時に小さな金属音が響き渡る。
それを最後に屋敷には静寂がもたらされた。
月明かりが照らす中庭に、唯一立つ者。
それはバルド以外に、皇帝陛下以外には誰もいなかった――
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