陛下、悪を睨む

 その日の午後、バルドは再び城下に降り下町へと足を運んだ。

 向かう先はアカネの家。あのポーションは成分が薄められていることを伝えるつもりであった。

 薄められたポーションの出所はいまだはっきりとはしないまま。だがそれを販売しているバイヤーには詐欺の容疑は疑いようもない。


(そうなれば、アカネの家の借金も帳消しにできるはずだ)


 なにより、あのポーションを飲み続けていても祖父の容態がよくなることはない。しかし逆を言えば、ちゃんとした薬を飲めば回復の見込みはあるのだ。

 これなら彼女達を救うことが出来る。そんな喜びを抱きながら、すぐにでも伝えようと、彼の足取りはより軽やかになっていく。

 そうしていくつかの路地を通り、アカネの家の近くに辿り着いた時だ。


「……?」


 なんとなくだった。勘に近い感覚がバルドの足を止める。

 彼女の家は静かである。だがその静けさが妙に不気味なのだ。

 単に留守にしているだけなのかもしれない、だが留守というには奇妙な気配が残っている。

 ひどく嫌な予感がバルドの心を掻き立てる。

 玄関の前に立つ。目が向いたのは地面だ、足跡がある。それも一つ二つどころではない、十に近い数が入り乱れていた。

 まるで――ここで一悶着でもあったかのように。


「失礼する……」


 扉を恐る恐る開け、隙間から慎重に中を確認。

 家の中も同様だった。泥棒でも入ったかのように狭い家の中が荒らされ、昨日暴れた時よりもずっと酷い有様だ。


「これは……一体……」

「うっ、うぅ……」


 ふと、家の奥から苦しそうな声が聞こえてきた。

 バルドが駆け込むと、アカネの祖父がベッドから落ち倒れていた。


「おい、しっかりするんだ、おい!」


 まるでなにかを追おうとするかのように、床を這いずった様子が覗える。

バルドは老体を抱き起こす。枯れ木のように軽い体だった。


「ば、バルド……様……」

「一体なにがあった? アカネはどうした?」

 

 バルドの質問に、アカネの祖父は苦しそうに返事を返した。


「け、今朝……バイヤーの、連中が急にやってきて……」

「なんだと」

「男達が暴れだし、アカネも抵抗しようと、したのですが……儂に剣を向けて脅し、借金の片にと……」


 連れ去られた。老人の消えそうな声が悲しくそう告げた。

 家の惨状は、昨日の連中が仲間を引き連れ暴れ回ったせいだ。相当の数が押しいったのだろう。外の足跡がそれを物語っている。

 一足遅かった。その後悔がバルドの心の内を震わせた。


「お願い、します……バルド様」

 

 怒りに震えるバルドの手を、老人の手が掴む。


「孫を……孫を、助けて、下さい……」


 細く皺だらけの手。だが、その手には病人とは思えぬような芯のある力があった。


「あの子は……儂のような老いぼれのために、若い身空で、尽くして……これじゃあ、なにも、浮かばれません……」

「……………………」

「どうか、どうか孫を……アカネを……助けて……うっ、ゴホッゴホッ!?」

「おい、しっかりするんだ!」


 咳を何度かして、アカネの祖父は意識を失った。

 バルトは痩せ細った軽い体を、ベッドへゆっくりと戻す。

 そして力強い眼が、誰もいない宙を睨んでいた。


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